「ハハア、そうか……」
忠相のおだやかな顔が、ニッコリほころびた。
五
柳の影が、トロリと水にうつって、団々《だんだん》たる白い雲の往来《ゆきき》を浮かべた川が、遠く野の末にかすんでいる。
三方子川《さんぼうしがわ》の下流は、まるで水郷のおもかげ……。
鳴きかわす鶏《とり》の声で、夜が明けてみると、あちこちに藁葺きの家が三軒、四軒。
渡しの船頭や、川魚をとる漁師の住いだ。
その一つ――。
前の庭には網をほし、背戸口から裏にかけては畑がつくってあろうという、半農半漁の檐《のき》かたむいた草屋根です。
「どうじゃな、お客人。気がつかれましたかな」
火のない炉ばたに大あぐらをかいて、鉈豆煙管《なたまめぎせる》でパクリ、パクリ、のんきにむらさきのけむりをあげていたこの家《や》の主人《あるじ》、漁師|体《てい》のおやじが、そう大声に言って、二間《ふたま》きりないその奥の部屋をふりかえった。
「ウウむ……」
とその座敷に、うめき声がわいて、
「オオ! ここはどこだ!」
誰やら起きあがったようす。おやじはのそり[#「のそり」に傍点]と立って行って、奥の間をのぞく。
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