、その中からのぞいている銀杏《いちょう》の樹を、お化けではないかと思ったり、按摩《あんま》師の笛が通ったり、夜泣きうどんと道連れになったり――。
人にきききき、やっとのことで桜田門という辺まで来てみると、まっ暗な中に大きなお屋敷がズラリと並んでいて、とほうにくれたお美夜ちゃんの前に、このとき、左右から六尺棒をつき出して、
「コラッ、小娘、どこへゆく」
と、誰何《すいか》したのが、越前守手付きの作三郎、重内の二人、不審訊問というやつだ。
お美夜ちゃんはわるびれない。
「あたいね、南のお奉行様のところへ行くんだけど、小父《おじ》ちゃん、お奉行様のお家《うち》知らない?」
「なんと御同役、お聞きなされたか。あきれたものではござらぬか。ヤイヤイ、小娘、ここが、そのお奉行様のお屋敷だが……」
「ナラ、どっちの小父ちゃんがお奉行様? この人? この人?」
「イヤ、これはどうも恐れいった。お奉行様が小倉の袴の股立ちをとって、六尺棒を斜《しゃ》にかまえて、夜風に吹かれて立ってるかッてンだ。相当|奇抜《きばつ》な娘だナ、こいつは」
取りつく島がなくなって、両手を眼に、メソメソ泣き出したお美夜ちゃ
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