くように……と言われたとき、お美夜ちゃんは恐ろしさにふるえあがってしまった。
ほんとに、どうしたらいいだろうと、作爺さんに相談してみたところが、そりゃあお前、どんなことをしても行かなくっちゃアならない。泰軒小父ちゃんと、チョビ安兄ちゃんのために――。
「泰軒小父ちゃんと、あのチョビ安兄ちゃんのためだもの」
後ろには、自分の背《せい》ほどもある、重い重い壺の箱をしょい、前には、これもやはり自分の背ほどもある小田原提灯をぶらさげたお美夜ちゃんが、深夜の町を、一人トボトボ歩きながら、たえず、呪文のように口の中にくりかえしたのは、この言葉だった。泰軒小父ちゃんと、チョビ安兄ちゃんのため……。
そうすると、小さなお美夜ちゃんに、ふしぎに、大きな力がわくのだった。
物心ついてから、竜泉寺《りゅうせんじ》のとんがり長屋しか知らないお美夜ちゃん。
桜田門なんて、まるで唐天竺《からてんじく》のような気がする。
何百里あるのかしら。
何千里あるのかしら。
江戸に、こんな静かなところがあろうとは、お美夜ちゃんは、今まで知らなかった。まるで死のような町。
白壁の塀が、とても長くつづいていたり
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