えていた忠相は、
「どんな娘じゃ」
「貧乏な町家の娘《こ》で――何やら大きな箱を背負っております。壺だとか申すことで」
「壺じゃと?」
あわてたことのない忠相の声に、ちょっとあわただしいものが走ったが、それは瞬間、すぐもとの、深夜の静海のような顔にかえって、
「なぜ早くそれを言わぬ」
「はア?」
「イヤ、なぜ早く壺のことを言わぬと申すのじゃ。庭へまわせ」
大作は意外な面持《おもも》ち、
「では、あの、御自身お会いになりますので?」
「庭へまわせというに」
くりかえした忠相《ただすけ》は、さがっていく大作の跫音を、背中に聞きながら、
「泰軒の使いじゃな」
と、つぶやいたまま、もうそのことは忘れたように、ふたたび、卓上の書物へ眼をおとしていると、
広縁のそとの庭先に、二、三人の跫音がからんで、
「殿、連れてまいりましたが――」
大作の声とともに、すすりあげる女の子の泣き声。
二
もう、死んだ気のお美夜ちゃんだった。
泰軒先生の言いつけだし、大好きなチョビ安兄ちゃんのためだとある――
この重い壺の箱をしょって、遠い桜田門とやらの、こわいお奉行様のお宅まで行
前へ
次へ
全430ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング