ばかりの女の子が、重内、作三郎らに引ったてられてまいりましたが――」
 忠相の眼は、いつも義眼のように無表情なのだ。何事があっても、けっして感情をあらわさない眼……そうであろう、この人間の港、大江戸の水先案内ともいうべき奉行職を勤めることは、かれ忠相、人間として修行することであった。行住坐臥《ぎょうじゅうざが》、すべてこれ道場である。そう自らを練ってきているうちに、かれの眼は、びいどろ細工のように、外の物は映しても、内のものは現わさなくなった。おそろしい眼だ。あの天一坊《てんいちぼう》も、この、またたきもしない眼に看破《みやぶ》られたのである。
 いま、その眼をじっと大作にすえて、
「ナニ、女の子だと?」
「ハイ、それが、この夜ふけに一人歩いておりますので、不審を打ち、木戸へさしかかりましたところを、取り押えましたところが、奇怪にも、殿にお眼通りを願ってやまぬと申すことで、重内も作三郎も、ホトホトもてあまし、とにかく用人部屋まで連れてまいっておりますが」
「余に会いたい?」
「はあ、ただ、お奉行様にお目にかかるんだと申すだけで、あとは何をきいても、シクシク泣いております」
 ちょっと考
前へ 次へ
全430ページ中53ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング