……。
 さては、真っ赤に染めあがった丹波の笑顔。
 だが、その祝酒の真ん中にあって、お蓮様だけは、打ち沈んだ表情《かお》を隠しえなかったのは、道場を乗っ取るためとはいいながら、かわいい男をだまし討ちにした自責の念にかられていたのであろう。
 すると――。
 この騒ぎのきれ目切れ目に、どこからともなく風に乗って聞こえてくるのは、異様な子供のさけび声。
「父《ちゃん》?……父上《ちちうえ》! 父上!」
 一同は、フト鳴りをしずめた。
「まだ吠えておるゾ。かの餓鬼め!」
 だれかが歯ぎしりしたとき、ふたたび、悲しそうなチョビ安の声が夜風にただよって――。
「父上! 聞こえないのかい? 父上!」

       三

 遠くのチョビ安の声に、鳴りをしずめて聞きいっていた不知火の連中は、
「伊賀のやつらは、あの子供をそのままにして行ってしまったとみえるな」
「ウム、いかに連れ去ろうとしても、あの、左膳の落ちた穴のまわりにへばりついておって、どうしても離れようとせんのだ。だいぶ手古摺《てこず》っておったようだが」
「そこへ、町人体に姿をやつした拙者らが、弥次馬顔に出かけていって、斬りあいを聞きつ
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