とんできながら、
「ナニ、水がわいたと」
「ハイ、このとおりです」
 なるほど、夜目にはハッキリと見えないが、泥をとかした真ッ赤な濁水が、まるで坊主頭《ぼうずあたま》がかさなるように、ムクムクわきあがってきて、穴は、もういっぱいの水。
 アレヨアレヨと言うまにあふれあふれて、まわりに立つ人々の足を没せんばかりの勢い……。
「ふしぎなこともあるものだ。これでチョビ安の父親《てておや》も、もはや命はあるめえ」
「居候の小父ちゃん、なんとかしてお父上を助けてよ。あたい、この水の中にもぐろうか」
「馬鹿言え。下から噴き上げる水へもぐっていくのは、よほど泳ぎの達者な者でも、むずかしいとされている」
 言いながら、泰軒先生が見まわすと。
 例の指揮者の石金です。帯をといているんだ。
 帯といっても三尺……そのよれよれの三尺をといた石金、大声をはりあげて、
「ヤイ、みんな、帯をとけ」
 長屋の連中のことだから、算盤《そろばん》絞りかなにかの白木綿の三尺――一同それをといて、つなぎ合わせてみたところで、長さはしれている。
「これじゃアしょうがねえ。下帯をときな」
 江戸っ子がそろっているから、いくら貧
前へ 次へ
全430ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング