ぱいたまった眼で、えらい鼻息。
「あたいの父《ちゃん》はね、こんどの日光の式に、紫の着物を着て出る人なんだって。その式にまに合わねえと、たいへんだ。おじちゃん、連れていっておくれよウ。日光には、お美夜ちゃんも作爺ちゃんも、みんないるんじゃアねえか」
 はしゃぎきったチョビ安は、
「コウ、泰軒坊主め、すぐ出かけようぜ」
 と、調子にのってどなるさわぎ。
 使者だと言った覆面の侍が、静かに泰軒に目礼を残して、帰っていったあとである。
 この、顔をかがやかし、眼に涙を浮かべて、いさみたっているチョビ安を見ては、泰軒先生も神輿《みこし》をあげざるをえない。
「ウム、さもありなん。それでこそ親子の情じゃ」
「なに言ってやんでえ! 何がアリナンでえ。サア、早く早く!」
 とせきたてられて、泰軒先生、急にこの真夜中に、チョビ安|兄哥《あにい》の手を引いて、はるばる日光へ出発することになったのである。
 したく?
 冗談じゃアない。二人ともお尻をからげて、冷飯《ひやめし》ぞうりを引っかければ、もうそれでりっぱな旅のしたく。
 型ばかり雨戸をしめて、路地へたちいでた泰軒居士、長屋じゅうへひびきわたるよう
前へ 次へ
全430ページ中404ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング