そこに立ってるのはお美夜《みや》ちゃんじゃアねえか」
 こう声をかけたのは、片肌ぬぎに柄杓《ひしゃく》をさげた石屋の金さんだ。
 このトンガリ長屋の入口に住んでいる人で。
 今、この夕方、路地のまえに遣《や》り水と洒落《しゃれ》ていたところ……。
「おめえ、うすっ暗《くれ》えところにボンヤリ立ってるから、ちっとも気がつかなかった。オオオオ、足へ水をかけてしまったが、まっぴらごめんなヨ」
 石金さんはそう言いながら、片手にさげた柄杓のしずくを切って、お美夜ちゃんのそばへ寄っていった。
 あわい夢のような、紫のたそがれのなかに、白い大輪の夕顔とも見えるお美夜ちゃんの顔が、ボンヤリ浮かんでいます。
 暑かった江戸《えど》の一日も終わって、この貧しいとんがり長屋にも、自然はすこしの偏頗《へんぱ》もなく、日暮れともなれば、涼しい夕風を吹き送るのでした。
 何はなくとも、路地口のへちまの棚、近くの竜泉寺の椎《しい》の梢《こずえ》に、雨とひびくひぐらしの声。
 仲店には、今宵《こよい》も涼みの人がにぎわい、町内のかどかどには縁台が出て、将棋、雑談、蚊やり――なつかしい江戸生活の一ページ。
 水をまい
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