った場合には、さっそく本人を小屋から出したのち、金剛《こんごう》、普賢《ふげん》両院の山伏をまねいて、そのあとを払いきよめることになっていた。
 そのほか、この日光御造営については、あらゆる場合に応じて、実にこまかいお定め書があったもので。
 やがて、この造営奉行所の表の間に、一枚の大きな掲示がはりだされた。所内を右往左往する人がドッと一時にそっちへかたまって行って、ワイワイ言ってあおぎ見ていますから、何かと思って読んでみますと……。
 今回の大修覆担当の諸職の貼り出し、
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大工頭《だいくがしら》    甲良宗俊《こうらむねとし》
大棟梁《だいとうりょう》    辻内大隅《つじうちおおすみ》
屋根方《やねがた》    大柳築前《おおやぎちくぜん》
彫物棟梁《ほりものとうりょう》   作阿弥《さくあみ》
画方《えがた》     狩野洞琢《かのうどうたく》
塗師《ぬし》     推朱《すいしゅ》平十郎
錺方《かざりがた》     鉢阿弥山城《はちあみやましろ》
鋳物師《いものし》    椎名兵庫《しいなひょうご》
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 このとおり、当時の名人巨匠
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