猫と鼠……では、鼠は猫の敵でないにきまっている。
 だが、しかし。
 別の場合もあるので――世の中には、窮鼠《きゅうそ》かえって猫を噛むという言葉もある。
 いまがその例のひとつ。
 ちょっくらちょっとあるまいと、源三郎以上に剣腕《うで》の立つ人を立ちあいに……と、こっちが申し出たのに対して、望みどおりに、剣の上でも兄者人《あにじゃひと》たる柳生対馬守が、判定者!
 もう、のっぴきならない。
 と思うと同時に、峰丹波、今までふるえおののいていた鼠が、窮鼠《きゅうそ》になった。
 どうせ助からない命!
 ときまっている以上、すこしはパッと十方不知火流の精華《せいか》を発揮して……やっと武士らしい気持に立ちもどった。
 のみならず。
 うしろには、おのが弟子ともいうべき不知火流の門弟どもが、固唾《かたず》をのんでひかえているのですから、ここは丹波、いやでも死に花を咲かすよりほかない。
 人間、死ぬ覚悟ができると、別人になる。
 もろもろの物欲|我執《がしゅう》にとらわれていたのが、このごろの夕立のようにスッパリと洗い落とされて、一時に開くのです、心の眼が。
 峰丹波、落ちついてきた。
 
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