三郎が、例の蒼白い顔をゆがめて笑いながら、出て来ました。
「ながらく失礼つかまつった。今朝《こんちょう》はまたこの真剣勝負、さっそく御承引あってかたじけない」
 皮肉な挨拶。
 だが、峰丹波は、それに言葉を返すより、何よりも気になってならないのは、この源三郎よりも腕達者だという今日の判定役。
「お立ちあいは、どなたで――?」
 と、そこらの人々へ眼を走らせた。

   猫《ねこ》と鼠《ねずみ》


       一

「うむ、その儀は――」
 と源三郎が、いつになくつつましやかな真顔《まがお》で、ツと身を避けると……。
 うしろに。
 でっぷりした中年の侍が、威儀をただして立っている。
 象のような細い柔和な眼、抜けあがった額部《ひたい》。両手をうしろにまわして、悠然たる殿様ぶり……。
 大刀をささげたお子供小姓をしたがえ、小刀を前半《ぜんはん》にたばさんだ――柳生藩江戸家老、田丸主水正。
「兄でござる。兄、柳生対馬守……」
 源三郎が、まじめくさった顔で、丹波に紹介《ひきあ》わせた。
 そして、主水正へ、
「兄上、これなる御仁が当|不知火《しらぬい》道場の師範代――というよりも、なが
前へ 次へ
全430ページ中306ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング