げると同時に、グット刀《とう》をおし反《そ》らした。
「ハテ、面妖《めんよう》な! いまたしかにどこかで、アノ、源三郎――伊賀の暴れん坊の笑い声が、響いたような気がしましたが」
 何やらゾッとするのをかくして、お蓮様はあでやかに笑った。
「ホホホ、仏様《ほとけさま》が笑うものですか、気のせいですよ――しじゅう気がとがめているものだから」
「それはそうと、お後室《こうしつ》様、あの丹下左膳とやらは、萩乃様をおつれして、いったいどこへまいったのでござりましょうな」
「そんなことはどうでもいいじゃないの。わたしはなんだか、もうもう気がふさいで……」
「ハッハッハッハ、それは、お一人でこんなところにこもって、何やかやともの思いをなさるからじゃ。サ、あちらへまいりましょう」
 と手を取らんばかり。
 丹波はお蓮様に従って、長い渡り廊下を道場のほうへ。
 残影で西の空は赤い。庭にも、もう暮色が流れて、葉末をゆるがせて渡る夕風《ゆうかぜ》は、一日の汗を一度にかわかす。
 と、ヒョイと見ると、その庭におり立って、手桶の水を柄杓《ひしゃく》で、下草や石|燈籠《どうろう》の根に、ザブリザブリとかけてまわっ
前へ 次へ
全430ページ中240ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング