ようと思うが、異存はないであろうな?」
「異存のなんのって、どうぞ先生、お持ちなすって、打ちこわすなり、すてるなり……ふてえ壺だ」
 と竹さん、母親のおかげで、泰軒先生に叱られたうっぷんを、土間の茶壺にもらしている。
「では、これなる不潔な壺、ひっくくってまいるぞ」
 泰軒先生は笑い声を残して、その壺を気味悪そうにさげながら屑竹の土間から一歩路地へふみ出たが。
 同時に、その表情《かお》は別人のように、緊張した。
 長屋の洩れ灯に、だいじそうにかかえた壺をうち見やりつつ、
「こけ猿よ、とうとう吾輩《わがはい》の手に来たナ。お前は知らずに、世にあらゆる災厄を流しておる。サ、もうどこへもやらんぞ、アハハハハハ」

       六

「わしは、日夜何者か見張りのついておるからだだ。今宵一夜といえども、この壺を手もとに置くことはできぬ。それに、待っておる者に渡して、はよう喜ばしてもやりたいし――」
 ひとりごちた泰軒は、壺をさげて作爺さんの家へもどりながら、とほうにくれたのである。
 というのは。
 誰にこの壺を持たしてやろう?
 作爺さんは、いつぞやの病気以来、足腰《あしこし》の立たない人
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