徳化。
 その泰軒先生、いま、お兼婆さんにグングン手を引っぱられて、屑竹《くずたけ》の住居へやってきた。

       五

「酒は飲むのもよいが、盃の中に、このお母《ふくろ》の顔を思い浮かべて飲むようにいたせ。いい若い者が、酒を飲むどころか、酒に飲まれてしもうて、その体《てい》たらくはなにごとじゃッ」
 先生の大喝に、屑竹はヒョックリ起きあがり、長半纏《ながばんてん》の裾で、ならべた膝をつつみこみ、ちぢみあがっている。
 もうこれでいいだろう……と、チラと母親へ微笑を投げた泰軒、
「ほんとに先生、御足労をおかけしまして、ありがとうございました。これで竹の野郎も、どうにか性根を取りもどすでしょう。どうもお世話さまで――」
 と言うお兼婆さんのくどくどした礼を背中に聞いて、出口へさしかかると、
「オヤ……?」
 と歩をとめて、先生、足もとの土間の隅をのぞきこんだ。
「なんじゃ、これは、茶壺ではないか」
 つぶやきつつ、手に取りあげ、灯にすかしてジッとみつめていたが、「ウーム」と泰軒、うなりだした。
「ううむ、きたない壺だな。こんなきたない壺が、このとんがり長屋にあっては、長屋の不
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