て行ったきり、この夜中に、やっと家を思いだしたようにブラリと帰って来たところだ。
ほかには道楽はなし、邪気のない男だが、若いくせに、大の酒ッくらいなんだ、この屑竹は。
おっかさんがおこるのも、むりはないので。
「そうして、帰ってくるかと思うと、私の言うことなんか馬の耳に念仏で、そうやって大の字なりの高|鼾《いびき》だ……よし! 今日は一つ、泰軒先生に申しあげて、じっくり意見をしてもらいましょう」
と、たちあがったお兼婆さん、
「いま、泰軒先生を呼んでくるから、逃げかくれするんじゃないよ」
「ヘン! 逃げたくったッて、足腰が立たねえや。自慢じゃアねえが、宵から三升も飲んだんだ」
「マア、ほんとに、あきれて口がきけやアしない。母親を乾干しにしておいて、自分はそんなに酒をくらって歩くなんて」
憤然として、入口の土間に下り立ったお兼婆さん、暗がりをまたいでかけ出す拍子に、
「オ痛タタタタタ!」
何やらけつまづいたようす。
「なんだい! こんなところへこんなものころがしといて! 危いじゃないか。オヤ、茶壺だね。マア、うすぎたない茶壺だよ」
下駄でイヤというほど蹴っておいて、お兼は、ど
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