ぶ板をならして家を出た。

       二

 これはいったい、どうしたというのだ。
 おなじトンガリ長屋の、作爺さんの家だ。
 土間から表へかけて、いっぱいに下駄がはみ出したところは、縁起《えんぎ》でもないが、まるでお通夜のようだと言いたい景色。
 家の中には、例の泰軒居士を取りまいて、長屋の男、女、お爺さん、お婆さん、青年や若い女が、ギッシリすわって、作爺さんは、出もしない茶がらをしぼって、茶をすすめるのにいそがしい。
 かわいい稚児輪《ちごわ》のお美夜ちゃんがねむそうな眼をして、それをいちいち配っている。
「だから、じゃ――」
 と、泰軒先生は、あいかわらず、肩につぎのあたった縦縞の長半纏《ながばんてん》、襟元に胸毛をのぞかせて、部屋のまん中にすわっている。合総《がっそう》の頭をユラリとさせて、かつぎ八百屋《やおや》をしている長屋の若者のほうを、ふり向いた。
「だからじゃ。そのお町という女に実意があれば、どんなに質屋の隠居が墾望しようと、また父親《てておや》や母親《おふくろ》がすすめようとも、さような、妾の口などは振りきって、おまえのところへ来るはずじゃが」
 先生は、チラと若
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