れの場、乾坤の刀――とそれに!
道場の壁に大きな貼り紙がしてある。
勝った者へ弥生をとらせる! 先生のひとり娘、曙小町の弥生様が賭競《かけど》りに出ているのだ。なんという男冥利、一同こころひそかに弓矢八幡と出雲の神をいっしょに念じて、物凄い気合いをただよわせているのもむりではない。誰もが一様に思いを寄せている弥生、剣家の娘だから恨みっこのないように剣で取れ――こう見せかけながら、実は鉄斎の腹の中で技倆《うで》からいっても勝つべき若者――婿《むこ》として鑑識《めがね》にかなった諏訪栄三郎という高弟がひとりちゃん[#「ちゃん」に傍点]と決まっていればこそ、こんな悪戯《いたずら》をする気にもなったのだろうが、これは栄三郎を恋する娘ごころを思いやって、鉄斎老人が、父として粋をきかしたのだった。
「誰だ? お次は誰だ?」
今まで勝ち抜いて来た森|徹馬《てつま》、道場の真中に竹刀を引っさげて呼ばわっている。いろんな声がする。
「かかれ、かかれ! 休ませては損だ」
「誰か森をひしぐ者はないか――諏訪! 諏訪はどうした? おい、諏訪氏!」
「そうだ、栄三郎はどこにいる!」
やがてこのざわめきの
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