に、しきりにうなずきながら、微笑をふくんだ眼を、今し上段に取った若侍の竹刀《しない》から離さずにいる。
 乱立《らんだ》ちといおうか、一風変わった試合ぶりだ。
 順もなければ礼もない。勝負あったと見るや、一時に五、六人も跳び出して、先を争って撃ってかかるが、最初に一合あわせた者がその敵に立ち向かって、勝てば続けて何人でも相手にする。しかし一度引っこむと二度は出られない。こうして最後に勝ちっ放したのが一の勝者という仕組みである。
 出たかと思うと。すぐ参った! とばかり、帰りがけに早々《そうそう》お面をはずしてくる愛嬌者もある。早朝から試合がつづいて、入れ代わり立ちかわり、もう武者窓を洩れる夕焼けの色が赤々と道場を彩《いろど》り、竹刀をとる影を長く板の間に倒している。
 内試合とは言え、火花が散りそう――。
 時は、徳川八代将軍|吉宗《よしむね》公の御治世《ごじせい》。
 人は久しく泰平に慣れ、ともすれば型に堕《お》ちて、他流には剣道とは名ばかりで舞いのようなものすらあるなかに、この神変夢想流は、日ごろ、鉄斎の教えが負けるな勝て! の一点ばりだから、自然と一門の手筋が荒い。ことに今日は晴
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