りらしいのが二、三人笑いさざめいて来る。それがひとしきり通り過ぎたあとは、ちょっと往来がとだえて、日向《ひなた》の白犬が前肢《まえあし》をそろえて伸びをした。
 ずらりと並んでいる蔵宿の一つ、両口屋嘉右衛門の店さき、その用水桶のかげに、先刻からつづみ[#「つづみ」に傍点]の与吉がぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]と人待ち顔に立っている。
 打てばひびく、たたけば応ずるというので、鼓《つづみ》の名を取ったほど、駒形《こまがた》でも顔の売れた遊び人。色の浅黒い、ちょいとした男。
「ちッ! いいかげん待たせやがるぜ、殿様もあれで、銭金《ぜにかね》のことになるてえと存外気が長えなあ――できねえもんならできねえで、さっさ[#「さっさ」に傍点]と引き上げたらいいじゃあねえか。この家ばかりが当てじゃああるめえし。なんでえ! おもしろくもねえ!」
 両口屋の暗い土間をのぞいては、ひとり口の中でぶつくさ[#「ぶつくさ」に傍点]言っている。
 外光の明るさにひきかえ、土蔵作りの両口屋の家内には、紫いろの空気が冷たくおどんで、蔵の戸前をうしろに、広びろとした框《かまち》に金係りお米係りの番頭が、行儀よくズーッ
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