に、丹下左膳が音もなくすべりこんだ。
「おそかったな。今ごろまでどこへ行っていた?」
 それには答えず、左膳は用心深く室内をうかがって、
「連中は?」
「今帰ったところだ」
 左膳は先に立って行燈《あんどん》の光のなかへはいって行ったが、続いた源十郎はちょっとどきり[#「どきり」に傍点]とした。
 左膳の風体《ふうてい》である。
 巷《ちまた》の埃りに汚れているのは例のことながら、今夜はまたどうしたというのだ! 乱髪が額をおおい、片袖取れた黒七子《くろななこ》の裾から襟下へかけて、スウッと一線、返り血らしい跡がはね上がっている。隻眼《せきがん》隻腕《せきわん》、見上げるように高くて痩せさらばえた丹下左膳。猫背のまま源十郎を見すえて、顔の刀痕が、引っつるように笑う。
「すわれ!」
 源十郎は、夜寒にぞっとして丹前を引きよせながら、
「殺《や》って来たな誰かを」
「いや、少々暴れた。あははははは」
「いいかげん殺生《せっしょう》はよしたがよいぞ」
 こう忠言めかしていった源十郎は、そのとき、胡坐《あぐら》になりながら左膳が帯からとった太刀へ、ふと好奇な眼を向けて、
「なんだそれは? 陣太刀
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