心子知らずとはよくいったもので、なんですか、このごろ悪い虫がつきましてねえ」
「浮気か」
「泣かされますでございますよ」
「なんだ、相手は」
「どこかお旗本の御次男だとか――」
「よいではないか。他人まかせの養子というやつには、末へいって困却《こんきゃく》する例がままある。当人同士が好きなら、それが何よりだ。お前もせいぜい焚きつけて後日左|団扇《うちわ》になおる工面をしたがよい。おれが一つまとめてやろうか、はははは」
「まあ、殿様のおさばけ方――でも、どうもおうちの首尾がおもしろくございませんでねえ」
つ[#「つ」に傍点]と、源十郎は聞き耳を立てた。
びょうびょう[#「びょうびょう」に傍点]と吠える犬の声に追われて、夜霧を踏む跫音が忍んで来たかと思うと、
しッ! しッ!
と庭に犬を叱る低声《こごえ》とともに、コトコトコトと秘めやかに雨戸が鳴って、
「おい! 源十、鈴源《すずげん》、俺だ……おれだよ。あけてくれ」
――帰って来たな、とわかると、源十郎の眉が開いて、あちらへ行っておれと顎でおさよを立ち去らせるが早いか、しめたばかりの戸をまたあける。
夜妖《やよう》の一つのよう
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