ではないか」
すると左膳は、得意らしく口尻をゆがめたが、
「ほかに誰もおらんだろうな?」
と事々しくそこらを見まわすと、思いきったように膝を進めて、
「なあ鈴川、いやさ、源的、源の字……」
太い濁声《だみごえ》を一つずつしゃくりあげる。
「なんだ? ものものしい」源十郎は笑いをふくんでいる。「それよりも貴公色男にはなりたくないな。先刻までお藤が待ちあぐんで、だいぶ冠を曲げて帰ったぞ、たまには宵の口に戻って、その傷面を見せてやれ、いい功徳《くどく》になるわ。もっともあの女、貴様のような男に、どこがよくて惚れたのか知らんが、一通り男を食い散らすと、かえって貴様みたいな人《にん》三|化《ばけ》七がありがたくなるものと見えるな。不敵な女じゃが、貴様のこととなるとからきし意気地がなくなって、まるで小娘、いやもう、見ていて不憫《ふびん》だよ。貴様もすこしは冥加《みょうが》に思うがいい」
源十郎の吹きつける煙草の輪に左膳はプッ! と顔をそむけて、
「四更《しこう》、傾月《けいげつ》に影を踏んで帰る。風流なようだが、露にぬれた。もうそんな話あ聞きたくもねえや。だがな鈴源、俺が貴様ん所に厄介にな
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