ござんしょう?」
「なぜでも嫌いだ。月を見るとものを思う。人間ものを思えば苦しくもなる。そのため――かも知れぬな」
「お別れになった奥様のことでも思い出して、おさびしくなるのでございましょうよ」
「ふふふ、そうかも知れぬ。ま、早くしめるがいい」
 すっかり戸締りができると、源十郎はまた寝そべって、
「さよ、ここへ来て、ちょっと肩へつかまってくれ」
 按摩を、と言う。
 おさよは襷《たすき》のまま座敷へはいって、源十郎の肩腰を揉《も》み出した。
「もう何刻《なんとき》かな?」
「つい今し方|回向院《えこういん》の八つが鳴るのを聞きました」
「そうか。道理で眠いと思った。あああああ!」
 大欠伸《おおあくび》をしながら、
「貴様、年寄りだけあって眠がらんな。身体が達者とみえる」
「ええええ、そりゃもういたって丈夫なほうで、その上、年をとるにつれて、なかなか夜眼が合わなくなりますのでございますよ。ですから、これから寝《やす》ませていただいてもお天道さまより先に起きてしまいます」
「だいぶ凝《こ》ってるようだ。うん、そこを一つ強く頼む――貴様、何か、子供はないのか」
「ございます、ひとり」

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