て、浅草の家へ帰って行くと、しばらくして、寝ころんでいた源十郎が、むくり[#「むくり」に傍点]と起き上がっておさよを呼んだ。
「はいはい」
と出てきたおさよ婆さん、いつのまにか客が帰ってがらん[#「がらん」に傍点]としているのにびっくりして、
「おやまあ、皆さまお帰りでござんしたか。ちっとも存じませんで――ここはすぐに片づけますけれど、あのお居間のほうへお床をとっておきましたから」
「まあ、いい、それより、戸締りをしてくれ」
縁の戸袋から雨戸をくり出しかけたおさよの手が、思わず途中で休んでしまう。
藍絵《あいえ》のような月光。
近いところは物の影がくっきり[#「くっきり」に傍点]と地を這って、中《なか》の郷《ごう》のあたり、甍《いらか》が鱗《うろこ》形に重なった向うに、書割《かきわり》のような妙見《みょうけん》の森が淡い夜霧にぼけて見える。どこかで月夜|鴉《がらす》のうかれる声。
おさよは源十郎をふりかえった。
「殿様、いい月でございますねえ」
すると源十郎。
「おれは月は大嫌いだ」
と、はねつけるよう。
「まあ、月がお嫌い――さようでございますか。ですけれど、なぜ……で
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