占められて気がつかなかった。
 やがて、ぞろぞろと暗い庭をひとまわりして帰ると、それで刀を返上して、ただちにお開き……焚き火も燃えよう、若侍の血も躍ろう――という騒ぎだが、この時!
 自分の坤竜丸と左膳の乾雲丸とをまとめて返しに行くつもりで、しきりに左膳の姿を捜していた徹馬が、突如|驚愕《おどろき》の叫びをあげた。
「おい、いないぞ! あの、丹下という飛入り者が見えないッ!」
 この声は、行列が崩れたばかりでがやがやしていた周囲を落雷のように撃った。
「なにイ! タ、丹下がいない?」
「しかし、今までそこらにうろうろしてたぞ」
 たちまち折り重なって、徹馬をかこんだ。
「彼刀《あれ》をさしたままか?」
 その中の誰かがきくと、徹馬は声が出ないらしく、
「うん……」
 続けざまにうなずくだけ――。
 乾雲丸を持って丹下左膳が姿を消した。
 降って湧いたこの椿事《ちんじ》!
 離れたが最後、雲竜相応じて風を起こし雨を呼び、いかなる狂瀾怒濤《きょうらんどとう》、現世の地獄をもたらすかも知れないと言い伝えられている乾坤二刀が、今や所を異にしたのだ!
 ……凶の札は投げられた。
 死肉の山が現出
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