かっていても、その徹馬に負けた栄三郎を今から出すわけにはゆかない。栄三郎もこの理をわきまえればこそ辞退したのだ。何者とも知れない隻腕の剣豪丹下左膳、そこで、刀痕あざやかな顔に強情な笑《えみ》をうかべ、貼り紙を楯《たて》に開きなおって、乾雲丸《けんうんまる》と娘御《むすめご》弥生どの、いざ申し受けたいと鉄斎に迫った。いや、あれは内輪《うちわ》の賞で、他流者には通用せぬと説いても、左膳はいっこうききいれない。老いたりといえども小野塚鉄斎、自ら立ち向かえば追っ払うこともできたろうが、今日は娘の身にも関係のあること、ここはあやして帰すが第一、それには乾雲丸さえ許せば、よもや娘までもと言うまい――こう考えたから、そこは年輩、ぐっとこらえて、丹下を一の勝ちとみとめた。
 で、書院から捧持《ほうじ》して来た関の孫六の夜泣きの名刀、乾雲丸は丹下左膳へ、坤竜丸《こんりゅうまる》は森徹馬へと、それぞれ一時鉄斎の手から預けられた。
 参詣の行列。
 泣きぬれた顔を化粧《けわ》いなおした弥生が、提灯を低めて先に立つと、その赤い光で、左膳はじっと弥生から眼を離さなかったが、弥生は、あとから来る栄三郎に心いっぱい
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