する。やはり右手を懐中にしたままだ。カッとした徹馬、
「右手を出せ」
すると、
「右手はござらぬ」
「何? 右手はない? 隻腕か。ふふふ、しかし、隻腕だとて柔らかくは扱わぬぞ」
左膳、口をへの字に曲げて無言。独眼隻腕の道場荒し丹下左膳。左手の位取りが尋常でない。
が、相手は隻腕、何ほどのことやある?……と、タ、タッ、飄《ひょう》ッ! 踏みきった森徹馬、敵のふところ深くつけ入った横|薙《な》ぎが、もろにきまった――。
と見えたのはほんの瞬間、ガッ! というにぶい音とともに、
「う。う。う。痛《つ》う」
と勇猛徹馬、小手を巻き込んでつっぷしてしまった。
同時に左膳は、くるり[#「くるり」に傍点]と壁へ向きなおって、もう大声に告げ紙を読み上げている。
「栄、栄三郎、かかれッ!」
血走った鉄斎の眼を受けて、栄三郎はひややかに答えた。
「勝抜きの森氏を破ったうえは、すなわち丹下殿が一の勝者かと存じまする」
宵闇はひときわ濃く、曙の里に夜が来た。
日が暮れるが早いか、内弟子が先に立って、庭に酒宴のしたくをいそぐ。まず芝生に筵《むしろ》を敷き、あちこちに、枯れ枝薪などを積み集めて
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