がギラリ光った。とともに栄三郎は腰を落として、すでに剛刀武蔵太郎安国の鞘を静かにしずかに払っていた。此度こそはッ! と、心中に亡師《ぼうし》小野塚鉄斎の霊を念じながら。
と! この時。
あわただしい跫音が左膳のうしろにむらがりたったかと思うと、降雪をついて現われたのは土生仙之助をかしらに左膳の味方!
「や! しばらくだったな丹下。ウム、ここで坤竜に出会ったのか。相手はひとり、助太刀もいるまいが傍観《ぼうかん》はできぬ。幸《さいわ》い手がそろっているから、逃さぬように遠まきにいたしてくれる。存分にやれッ!」
が、この言葉の終わるかおわらぬに、先んずるが第一とみた栄三郎、捨て身の斬先《きっさき》も鋭く、
「えいッ!」
気合いもろとも、礫《つぶて》のごとく身を躍らして、突如! 左膳をおそうと見せて一瞬に右転、たちまち周囲にひろがりかけていた助勢の一人を唐竹割り、武蔵太郎、柄もとふかく人血を喫《きっ》して、戞《か》ッ! と鳴った。
「しゃらくせえ!」
おめいた左膳、乾雲を隻腕に大上段、ヒタヒタッと背後に迫って、皎剣《こうけん》、あわや迅落しようとするところをヒラリひっぱずした栄三郎は、そのとき眼前にたじろいだ土生仙之助へ血刀を擬して追いすがった。
有象無象《うぞうむぞう》から先にやってしまえ! という腹。
土生仙之助、抜き合わせる隙がなく、鞘ごとかざして、はっし! と受けたにはうけたが、ぽっかり見事に割れた黒鞘が左右に飛んで思わずダアッとしりぞく。とっさに、片足をあげたと見るまに、そばの二、三人を眼下の水へ蹴落とした栄三郎、鍔《つば》を返して左膳の乾雲を払うが早いか、こうじゃまが入った以上は、身をもって危機を脱するが第一と思ったのか、白刃をひらめかしてざんぶ[#「ざんぶ」に傍点]とばかり、堀へとびこんだ。
「ちえッ!」
と左膳の舌打ちが一つ、飛白と見える闇黒をついて欄干ごしに聞こえた。
雪を浮かべて黒ぐろと動く深夜の掘割《ほりわ》りに、大きな渦まきが押し流れていった。
虚実《きょじつ》烏鷺《うろ》談議
離合集散ただならぬ関の孫六の大小、夜泣きの刀……。
主君相馬|大膳亮《だいぜんのすけ》のために剣狂丹下左膳が、正当の所有主《もちぬし》小野塚鉄斎をたおして、大の乾雲丸《けんうんまる》を持ち出して以来、神変夢想流門下の遣手《つかいて》諏訪栄三郎が小の坤竜丸《こんりゅうまる》を佩《はい》して江戸市中に左膳を物色し、いくたの剣渦乱闘をへたのち――乾雲はおさよが、坤竜はお藤が、ともにこっそり盗み出して、ここに二刀ところを一にするかと見えたのも一瞬、こんどは逆に栄三郎が乾雲を、左膳が坤竜を帯びて雪中法恩寺橋上の出会い――。
任侠《にんきょう》自尊の念につよい栄三郎の発議によって、両人雲竜二剣を交換して雲は左膳へ、竜は栄三郎へと、おのおのその盗まれたところへ戻ったが。
婦女子が盗人のごとく虚をうかがって持ちきたった物なぞ、なんとあっても納めておくことはできぬ。ここは一度、左膳に返しても、二度《ふたたび》つるぎと腕にかけて奪還するから……と、この栄三郎の意気に感じて、左膳もこころよく坤竜を返納したのは、二者ともさすがに侍なればこそといいたい美しい場面であった。
が、すぐそのあとに展開された飛雪血風の大剣陣。
しかし、それもほんの寸刻の間だった。
折りもおり、土生《はぶ》仙之助の一行が左膳の助剣にあらわれたので、乱刃のままに長びいてはわが身あやうしと見た栄三郎、ひそかに、再び左膳と会う日近からんことを心中に祈りながら、橋下の暗流――雪の横川へとびこんで死地を脱した。
あとには左膳、仙之助の連中が声々に呼びかわして、橋と両岸を右往左往するばかり……。
それもやがて。
暗黒《やみ》の水面に栄三郎を見失って長嘆息、いたずらに腕を扼《やく》しながら三々五々散じてゆく。
「ナア乾雲! てめえせえ俺の手にありゃア、早晩あの坤竜の若造にでっくわす時もあろうッてものよ、雲竜相ひくときやがらあ……チェッ! 頼むぜ、しっかり」
と左膳、片手に赤銅《しゃくどう》の柄《つか》をたたいて瓢々然《ひょうひょうぜん》、さてどの方角へ足が向いたことやら――?
かくしてまたもや。
悪因縁《あくいんねん》につながる雲竜《うんりゅう》双剣《そうけん》、刀乾雲丸は再び独眼片腕の剣鬼丹下左膳へ。そうして脇差坤竜丸は諏訪栄三郎の腰間《こし》へ――。
それは、まわりまわってもとへ戻る数奇不可思議《すうきふかしぎ》な輪廻《りんね》の綾であった。
しばらく頭《こうべ》をめぐらして本来の起相《きそう》を見れば。
刀縁伝奇《とうえんでんき》の説に曰く。
二つの刀が同じ場処に納まっているあいだは無事だが、一朝乾雲と坤竜がところを異にすると、凶《きょ
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