たぐいといっしょに簡単な炊事道具がころがっているらしいことは手さぐりでもわかった。片隅に粗末な階段がついていて、そこはいまはいって来た秘密の入口――。
お藤が訴え出てあの騒ぎになったとは夢にも知らぬ左膳、源十郎が訴人をしたものと真《ま》に受けて、今にも鈴川屋敷へ斬りこもうとたけりたつのをお藤がおさえて、
「まあ、もうすこしお待ちなさいまし。決して悪いようにはいたしませんから……」
となだめているうちに。
せまい闇黒に女のにおいがひろがっていって咽《む》せ返りそう……丹下左膳、いかにこの間に処したことか。
さて今夜。
暗いなかにすわっていると、雪の夜はことに静かである。
お藤が入れていった置き炬燵《ごたつ》に暖をとって、長ながと蒲団にはらばった左膳、ひとりこうしていると、ゆくりなくもさまざまのことが思い出されるのだった。
追いつ追われつする運命の二剣! それに絡《まつ》わるおのが秘命。
わけても……弥生のおもざし。
「おれも焼きがまわったかな」
と思わず左膳が、自嘲《じちょう》に似たつぶやきを洩らした刹那《せつな》!
タ、タ、タと天井うらの床に跫音がひびいて、梯子段上の機械仕《からくりじ》かけがんどう[#「がんどう」に傍点]返しの扉がサッと開いたかと思うと、全身白く塗《まみ》れた櫛まきお藤が、落ちるようにころがりこんで来た。
「どうしたのだ? 雪か」
左膳は闇黒に瞳を凝《こ》らしたまま起きあがろうともしない。
「ええ。ひどい雪」
笑いながらお藤は歩み寄って、丹前の下から取り出した坤竜丸を、事もなげにつとその面前に突きつけた。そして、
「ナ、なんだ、これは?」
といぶかる左膳へ、
「坤竜丸ですよ。いま、あたしがちょいと栄三郎のところから盗み出して来ましたのさ。お藤の腕前はこんなもの――なんですね刀一本、大の男が四人も五人も飛び出して、大さわぎをすることはないじゃありませんか」
と、お藤はケッケとふしぎな声で笑いつつ、坤竜丸を左膳に渡したが、受け取った左膳、
「ナニ、坤竜?」
と叫びざま左手に握って、やみに慣れた一眼をキッと据えていたのもしばらく、真にこれが坤竜丸と得心がいくが早いか、何か言いかけたお藤をその場につきのけんばかりに、すぐ左膳、戸を蹴《け》ひらいて戸外に躍り出た。
乾雲は庭すみに埋めてある!
と、こう思うと左膳降りしきる雪に足を早め、坤竜丸を帯《たい》して本所をさして急いだが。
同じ時刻に。
本所へ通ずる別の道を、これは乾雲をひっつかんだ諏訪栄三郎が、おなじく鈴川屋敷を指してひた走りに駆《か》けていた。
鈴川源十郎にお艶を懇望され、その手切れの第一として、丹下左膳の隠しておいた乾雲丸を掘り出して来た。
言わばこれは源十郎の殿様から贈られたお艶の代償《だいしょう》!
と、老婆おさよの口より聞くや否や、諏訪栄三郎の双頬《そうきょう》にさっ[#「さっ」に傍点][#「さっ」は底本では「さつ」]と血の気が走った。
「ううむ! 刀と女の取っかえっこだとは、きゃつ自身、いつか拙者に申し出たところ、さてはそこもとがかの源十郎と腹をあわせて、丹下の乾雲を盗み出したのであったか」
こう歯を食いしばった栄三郎、あわててとめるおさよの手を払い、すっと立ってすばやく身づくろいに移っていた。
竜は雲を呼び、雲は竜を待つとはいえ、腕で奪《と》り、つるぎにかけて争ってこそ互いに武士の面目もあろうというもの――。
それをなんぞや! 一老婆が偸盗《ちゅうとう》のごとく持ち出したものを、なんとておめおめと受納できようか。
しかもそれが妻を売る値《あたい》だという。もってのほかと言うべきところへ、あまつさえそのお艶もすでに家を出ているではないか。
これをこのまま受け取ってはおられぬ。源十郎に逢って面罵し、乾雲丸は一時左膳の手へ返そうとも筋ならぬものを納めたとあっては、栄三郎、男がすたる……。
こうとっさに決心した彼は、武蔵太郎と乾雲を腰間《こし》に佩《はい》してパッと雪の深夜へとび出したのだった。けたたましく呼ぶおさよの声をあとにして。
天地を白く押しつつんで、音もなく降りしきる雪、雪、雪。
どうあってもこの乾雲丸、さっそく左膳の手へ押しつけて、しかる後今宵こそは一騎がけ、必ず腰の武蔵太郎にもの言わせずにはおかぬ!
トットと雪を蹴散らしながら、栄三郎が本所をさして走っていくと、ほかの道を丹下左膳が、お藤の盗んで来た坤竜丸をひっつかんで、これも同じく本所めがけて急いではいるが!
左膳の心もちはおのずから別だった。
目的のために手段をえらばない丹下左膳。
たとえどんな道筋であろうと片割れ坤竜丸が手に入った以上は、一刻も早く椎の根に埋めた乾雲丸を掘り出し、夜泣きの刀を一対として、明け方にははや江
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