もののように、雲竜一庭に会して二つ巴《どもえ》をえがいているその期をねらって、ああして忽然と現場に割りこんで来たのであった。
剣の立つ逞《たくま》しい侍が五人一隊をなして、左膳からは乾雲丸を、栄三郎からは坤竜丸を取りあげんものと、虎視眈々《こしたんたん》と暗中に策動しつつあるに相違ないのだ。
と仮りにきめたところで。
さて、雲と竜との相ひく二剣を一所におさめ得たとしても、五人組はそれをいったいどうしようというのだろう?
だが、こうなるとまた疑点《ぎてん》はあとへ戻って、この一団の目的を推測するためには、何よりもまず彼奴らの本体を知らねばならぬ。
何者?
あるいは何者の手先!
……と、いくら坐して首をひねったとて、左膳に見当のつきようはなかったが、いままでも栄三郎の太刀風なかなかに鋭く、かつ真剣の修羅場《しゅらば》を経《へ》てその上達もことのほか早く、おまけに蒲生泰軒《がもうたいけん》という鬼に金棒までついているので、左膳の乾雲、そうそうたやすくは栄三郎の坤竜を呼ぶことあたわずそのうえに、助力の約をむすんである鈴川源十郎なるものが、平素の性行から観て今後頼みにならないことおびただしい――そこへ、疾風のように出現したのがあの五人組の怪士連だ。
そこで左膳も、しばしば刀を措《お》いて熟考せねばならぬこととなって、これはかの斬りこみ直後のある日だったが、隻腕につるぎを扼《やく》するほかあまり頭の内部を働かしたことのない左膳、すっかり困惑しきって、ちょうどその草廬《そうろ》に腰をおろして駄弁をろうしていたつづみ[#「つづみ」に傍点]の与吉へ、
「なあおい、与の公」
「へえ。さようで」
「ウフッ! 何がさようだ? まだ、なにも申さぬではないか」
「あッそうだった。けれど殿様、あのこってげしょう……例の、ほら、火消し仕度のお侍《さむれえ》さ。ねえ! 金的《きんてき》だ。当たりやしたろうこいつア――」
「うむ! いかさま的中《てきちゅう》いたした。貴様、読心の術を心得おると見えるな」
「へっへ。御冗談。そんなシチ難《むずか》しいこたあ知りませんがね。どうしたもんでごわしょう、この件は」
「サ、それだ。どうしたものであろうな」
と相談しあっているうちに、打てばひびく、たたけば応ずる鼓《つづみ》の異名《いみょう》をとっているだけに、いささか小才のきく与吉、どう捏《こ》ねまわして何を思いついたものか、二こと三ことささやくと、左膳はたちまち与吉の進言をいれて、隻眼によろこびの色をうかべながら会心の小膝を打った。
いずれ事成ったのちに相応の賞を与えようと誓《ちか》ったのであろうが、ふたりはなおも密談《みつだん》数刻ののち、とうとう議一つに決してただちに実行に着手したのだった。
これは、あの大岡越前守忠相が浅草の歳の市にあらわれて、栄三郎へあてた左膳の書面を手に入れた数日前のこと……つまり、まだ年のあらたまらないうちであった。
で、そのつづみ[#「つづみ」に傍点]の与の公一代の悪智恵《わるぢえ》というのは、こうである。
さて、つづみの与吉の策略によって――左膳は即座に筆を執《と》って、あの、栄三郎に宛てた一札を認めたのだった。
その文言は、彼の五人組に秘刀乾雲を奪い去られて、いま手もとにないこと。
そして、こうして自分が乾雲丸を所持していない以上は、もはや栄三郎とも仇敵《かたき》同士に別れてねらいあう意味のないこと。
のみならず、これからのちは、左膳が栄三郎に腕をかして、栄三郎の腰に残っている坤竜丸の引力により、再び乾雲を呼びよせて火事装束に鼻を明かしてやりたいが雲煙|霧消《むしょう》、従来のことはすっぱりと忘れて改めてこの左膳を味方にお加えくださる気はござらぬか。
――という欺誑《ぎきょう》と譎詐《きっさ》に満ちた休戦状でありまた誠《まこと》に虫のいい盟約の申し込みでもあった。
さしずめこの手紙を栄三郎へ渡して、しばしなりとも坤竜の動きをおさえて置くあいだに。
さ、その間にどうする?
という段になって、左膳と与吉、いっそう語らいをすすめた末。
今は、坤竜を佩《はい》する栄三郎と、その助太刀泰軒ばかりではなく、じつに得体の知れない火事装束の五人組というものを向うへまわさなければならないので、いかに至妙の剣手とはいえ、丹下左膳ひとりではおぼつかない。あまつさえ身を寄せる家のあるじ、鈴川源十郎は、老下女おさよにとりいってお艶、栄三郎を離間しようとのみ腐心し、決然剣を取って左膳に組し、栄三郎を亡き者にしようという当初の意気ごみをしだいに減じつつあるこんにち。
なるほど、諏訪栄三郎は左膳にとっては剣の敵。
源十郎にとっては恋のかたき……。
ではあるが、はじめ何ほどのことやあろう、ただちに乾坤二刀をひとつに手挟《たば
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