するであろう! 生き血の河も流れるだろう。
剣の林は立ち、乱闘の野はひらく。
そして! その屍山《しざん》血河《けっか》をへだてて、宿業《しゅくごう》につながる二つの刀が、慕いあってすすり泣く……!
非常を報ずる鉄斎道場の警板があけぼのの里の寂寞《しじま》を破って、トウ! トトトトウッ! と鳴りひびいた。
変異を聞いて縁に立ちいでた鉄斎、サッと顔色をかえて下知《げじ》をくだす。
もう門を出たろう!
いや、まだ塀内にひそんでいるに相違ない。
とあって、森徹馬を頭に、二隊はただちに屋敷を出て、根津の田圃に提灯の火が蛍のように飛んだ。
同時に、バタン! バタン! と表裏の両門を打つ一方、庭の捜査は鉄斎自身が采配をふるって、木の根、草の根を分ける抜刀に、焚火の反映が閃々《せんせん》として明滅する。
ひとりそのむれを離れた諏訪《すわ》栄三郎、腰の武蔵太郎安国《むさしたろうやすくに》に大反りを打たせて、星屑をうかべた池のほとりにたった。
夜露が足をぬらす。
栄三郎は裾を引き上げて草を踏んだ。と、なんだろう――歩《あし》にまつわりつくものがある。
拾ってみると、緋縮緬の扱帯《しごき》だ。
はてな! 弥生様のらしいがどうしてこんなところに! と首を傾けた……。
とたんに?
闇黒を縫って白刃が右往左往する庭の片隅から、あわただしい声が波紋のようにひろがって来た。
「やッ! いた、いたッ! ここに!」
「出会えッ!」
この二声が裏木戸のあたりからしたかと思うと、あとはすぐまた静寂に返ってゾクッ! とする剣気がひしひしと感じられる。
声が切れたのは、もう斬りむすんでいるらしい。
散らばっている弟子達が、いっせいに裏へ駈けて行くのが、夜空の下に浮いて見える。
ぶつりと武蔵太郎の鯉口を押しひろげた栄三郎、思わず吸いよせられるように足を早めると、チャリ……ン!
「うわあッ!」
一人斬られた。
――星明りで見る。
片袖ちぎれた丹下左膳が大松の幹を背にしてよろめき立って、左手に取った乾雲丸二尺三寸に、今しも血振るいをくれているところ。
別れれば必ず血をみるという妖刀が、すでに血を味わったのだ。
松の根方、左膳の裾にからんで、黒い影がうずくまっているのは、左膳の片袖を頭からすっぽりとかぶせられた弥生の姿であった。
神変夢想の働きはこの機! とばかり、ずらりと遠輪に囲んだ剣陣が、網をしめるよう……じ、じ、じッと爪先|刻《きざ》みに迫ってゆく。
刀痕《とうこん》鮮かな左膳の顔が笑いにゆがみ、隻眼が光る。
「この刀で、すぱりとな、てめえ達の土性《どしょう》ッ骨を割り下げる時がたまらねえんだ。肉が刃を咬んでヨ、ヒクヒクと手に伝わらあナ――うふっ! 来いッ、どっちからでもッ!」
無言。光鋩《こうぼう》一つ動かない。
鉄斎は? 見ると。
われを忘れたように両手を背後に組んで、円陣の外から、この尾羽《おは》打枯《うちか》らした浪人の太刀さばきに見惚れている。敵味方を超越して、ほほうこれは珍しい遣《つか》い手だわいとでもいいたげなようす!
焦《いら》立ったか門弟のひとり、松をへだてて左膳のまうしろへまわり、草に刀を伏せて……ヒタヒタと慕い寄ったと見るまに、
「えいッ!」
立ち上がりざま、下から突きあげたが、
「こいつウ!」
と呻いた左膳の気合いが寸刻早く乾雲|空《くう》を切ってバサッと血しぶきが立ったかと思うと、突いてきた一刀が彗星《すいせい》のように闇黒に飛んで、身体ははや地にのけぞっている。
弥生の悲鳴が、尾を引いて陰森《いんしん》たる樹立ちに反響《こだま》した。
これを機会に、弧を画いている刃襖《はぶすま》からばらばらと四、五人の人影が躍り出て、咬閃《こうせん》入り乱れて左膳を包んだ。
が、人血を求めてひとりでに走るのが乾雲丸だ。しかも! それが剣鬼左膳の手にある!
来たなッ! と見るや、膝をついて隻手の左剣、逆に、左から右へといくつかの脛《すね》をかっ裂いて、倒れるところを蹴散らし、踏み越え、左膳の乾雲丸、一気に鉄斎を望んで馳駆《ちく》してくる。
ダッ……とさがった鉄斎、払いは払ったが、相手は丹下左膳ではなく魔刀乾雲である。引っぱずしておいて立てなおすまもなく、二の太刀が肘《ひじ》をかすめて、つぎに、乾雲丸はしたたか鉄斎の肩へ食い入っていた。
「お! 栄ッ! 栄三――」
そうだ栄三郎は何をしている? 言うまでもない。武蔵太郎安国をかざして飛鳥ッ! と撃ちこんだ栄三郎の初剣は、虚を食ってツウ……イと流れた。
「おのれッ!」
と追いすがると、左膳は、もうもとの松の根へとって返し、肉迫する栄三郎の前に弥生を引きまわして、乾雲丸の切先であしらいながら、
「斬れよ、この娘を先に!」
白刃と白刃との中
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