申したい」と結んだ主人は、折から縁の日向《ひなた》におろしてある鳥籠に小猫がじゃれ[#「じゃれ」に傍点]ているのを見ると、起《た》って行って猫を追い、籠を軒《のき》に吊るしておいて座に帰った。
 諏訪《すわ》栄三郎の兄、大久保藤次郎《おおくぼとうじろう》である。
 あさくさ鳥越《とりごえ》の屋敷。
 その奥座敷に、床ばしらを背に沈痛な面もちで端坐している客は、故小野塚鉄斎の従弟《いとこ》で、鉄斎亡きこんにち、娘の弥生《やよい》を養女格にひきとって、何かと親身に世話をしている麹町《こうじまち》三番町の旗本|土屋多門《つちやたもん》であった。
「しかし、その御事情なるものが」藤次郎のしとね[#「しとね」に傍点]になおるのを待ってきり出した多門は、いいかけてやたらに咳ばらいをした。「いや、くわしいことはいっこうに存じませぬが、その、あの、下世話《げせわ》に申す若気のあやまち――とでもいうようなところならば、はっはっは、私が栄三郎殿になりかわってこの通りお詫びつかまつるゆえ、一つこのたびだけはごかんべんのうえ――」
「いやいや、初対面の貴殿におとりなしを受ける筋はござらぬ」
「ま、そう申されてはそれだけのものだが……」
「わざわざ御自身でおいでくだされて、あの痴《うつ》け者を婿養子《むこようし》にとのお言葉さえあるに、恐れ入ったただいまの御仕儀《ごしぎ》。これが尋常《よのつね》の兄じゃ弟じゃならば、当方は蔵前取りで貴殿は地方《じがた》だ。ゆくゆくお役出でもすれば第一にあれ[#「あれ」に傍点]にとって身のため、願ってもない良縁と、私からこそお頼み申すところだが、さ、それが兄のわたくしの心としてそうは参らぬというものが、全体この話は、じつを申せば当家の恥、それがしの家事不取締りをさらすようなことながら、さて、いわば御合点《ごがってん》がゆくまいし……心中察しくだされたい」
「はて、栄三郎殿がどのようなことをなされたかな?」
「口にするもけがらわしいが、お聞きくだされ、三社前の茶屋女とかにうつつを抜かし――」
 ちょっと多門の顔色が動いたが、すぐに笑い消して、
「ははははは、何かと思えば、お若い方にはありがちな――貴殿にも、似よった思い出の一つ二つ、まんざらないこともござるまい。いや、これは失礼!」
「のみならず、栄三郎め、その女に貢《みつ》ぐ金に窮して、いたし方もあろうに蔵宿か
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