ると同時にされるがままにもたれてくるのを、栄三郎はかき抱くように引きよせて、
「お艶」
「若殿さま」
眼と眼。
顔と顔。
四つの目からはずむ輝きが火のようにかち[#「かち」に傍点]あう。
恋する者の忘れられない初めての遭逢《そうほう》であった。
栄三郎は、しずかにお艶の顎《あご》に手をかけて顔をあおむかせた。
「お艶、拙者の心は以前からわかっていてくれたろうが、今後とも決して変わるまいぞ、な」
「はい。身にあまったお言葉……お艶はうれしゅうございます。このまま死にましても――」
「死んでも? はて、何を不吉《ふきつ》なことを! 死なばともにだ!」
いっそう深ぶかと胸をすりよせたお艶は、そっと身をくねらして栄三郎を見上げた。
「ええ。いつまでもどんなことがあっても! でも、いろんなことがございましょうねえ、わたしどもの行く手には」
「うむ。まずそれは覚悟しておいてよかろう。さしあたり、先刻|途《みち》みち話してきた夜泣きの刀だが……」
「いいえ」お艶はだだをこねるように首をふって、「そのお刀の取り戻しは、あなた様の手腕一つでりっぱになさること。お武家には何事につけても強い意志があると亡父《ちち》からもよく聞かされました。ましてお腰の物の張り合い、それをとやかく申してお心をにぶらせるお艶ではございません。いえ、それはもう、その左膳とやらいう無法者があなた様をつけ狙っていると思えば、うかがっただけで生命のちぢまるほど怖うはございますものの、女の身でお手伝いもならず、足手まといの自分が情けないばかり、つゆうらめしいとは存じませんが、ただ、あの――」
「ただあの?――とは、ほかに何か……」
「はい。道場の――」
「道場の?」
「おはなしに聞いたお嬢さまが気になってなりませぬ」
「弥生《やよい》どのか。ば、ばかな! たとえ弥生どのがどのように持ちかけようと、よいか、このわたしさえしっかりしておれば、お前は何も案ずることはないではないか」
「けれど、茶屋女とあなた様はあんまり身分が違いますゆえ、つり合わぬなんとか……とそれを思うと空おそろしゅうございます」
お艶の声は泣いていた。互いに高鳴る血の音に身をゆだねてから……何刻《なんとき》たったろう。
首尾の松が風にざわめいた。
ふとお艶は、上気した頬にこころよい夜気を受けて舷側《ふなべり》にうつ伏した。その肩へ、栄
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