て、おかけなされ。話がある」
 とあっけにとられている栄三郎へは眼もくれず、源十郎は、この真昼間なんのしらせもなしに降ってわいた斬り合いに胆をつぶして、怖いもの見たさにもう店の前に輪を書いていた隣の設楽《しがらき》の客や通行人のむれに、いきなりかみなりのような怒声を浴びせかけた。
「馬鹿ッ! こいつらア! 何を見とる? 見世物じゃないッ! いけッ!」
「はなしは早いがいい。女と刀の取っかえっこだ。どうだな?」
 源十郎は藪から棒に、突き刺すように言って顎をしゃくった。
 片面に影がよどんで、よく相手の顔が見えない栄三郎にも、いまこの男が、さっき正覚寺門前で財布をとり返してくれた上役人らしいことはわかったが、それがまた何しに言葉もかけずに斬りこんできたか? 刀と女との交換とはなにを意味する? と思うと、うっかり口はきけない。かたくなって源十郎を見すえた。
 左膳によれば、この坤竜《こんりゅう》丸の若者なかなかに腕が立つという。が、どのくらいかと当たる意《こころ》で斬りつけた源十郎は、武蔵太郎の皎鋩《こうぼう》に容易ならぬ気魄《きはく》を読むと、今後これを向うへまわす左膳と自分もめったに油断はならぬわいと思いながら、急にくだけて出たのだった。
「先刻の非礼、幾重《いくえ》にもお詫びつかまつる」
 というのをきり出しに、自分が丹下左膳と乾雲《けんうん》丸の所在を知っていることを物語って、次第によっては刀を取りもどして来て進ぜてもよいとむすんだ。
 どこに? とせきこむ栄三郎の問いには、江戸の片隅とのみ答えて、源十郎声をおとした。
「さ、そこでござる。お手前はその坤竜をもって左膳の乾雲を呼ばんとし、左膳は乾雲に乗じて貴殿の生命と坤竜を狙っておる。あいだに立っておもしろがっているのが、まあ、この拙者だ。さて、ものは相談だが、貴殿との話しあいいかんによっては、拙者が左膳を丸めるなり片づけるなりして、乾雲丸をお手もとへ返したいと思うが、お聞き入れくださるか」
 栄三郎は解《げ》しかねる面もち。
「それは刀のこと。して、刀に換わる女と申されたは?」
「ここのお艶を拙者におゆずりくださらぬか」
「笑止!」と突ったった栄三郎、
「なにをたわけたことを! なるほど、刀の一件も大切でござるが、左膳ごとき、わたくし一人にて充分、そのために二世をちぎりし女を売るなど栄三郎思いもよりませぬ。土台
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