お艶さまと……」
かすかに洩らしたのが最期。
さびしい――けれども、いい知れぬ平和な満足が、金華山洋上あらしの夜、弥生の死顔のうえにかがやいたのだった。
泪をぬぐった栄三郎が、泰軒の指す方を見やると、はるか暗い浪のあいだに、船板をいかだに組んで、丹下左膳の長身が、生けるとも死んでともなく、遠く遠くただよい去りつつあった。
遠く遠く、やがて白むであろう東の沖へ……。
なんという長い月日であったろう!
かくしてここに、乾雲坤竜の二剣、再び諏訪栄三郎の手に返ったのだった。
青葉若葉……。
六月のなかばの江戸である。
すっかり素人《しろうと》ふうになったお艶が、身重《みおも》のからだを帯にかくして、常盤《ときわ》橋の袂にたたずんでいた。
青あらしは、柳の枝も吹けば、道ゆく女の裾もなぶる。
かろやかな初夏の街。
すべてが、陰にあって、よかれと糸を引いてくだすった南町奉行大岡越前守忠相さまのたまものである。
お艶は、大岡様の手によってまつ川から受け出されて羽織の足を洗い、おさよは、これも大岡様から家主喜左衛門へ急使が立って喜左衛門が鈴川源十郎方へ掛けあいにいって救われた。
そうして今。
母娘《おやこ》ふたりは、あさくさ田原町三丁目喜左衛門の家に厄介になっているのだが、同じく大岡様のおことばで、鳥越の大久保藤次郎も、留守中の弟栄三郎に勘当を許し、栄三郎は江戸へ帰りしだい、和田家へ入夫してお艶と正式に夫婦《めおと》となり、おさよとともに三人、いや、お艶の腹の子をいれて四人づれで、和田宗右衛門の遺志どおり、相馬中村へ帰藩して和田家を継《つ》ぐことになっているのだ。
そして、もし栄三郎さまが、夜泣きの刀を入手してくれば、帰藩と同時に其刀《それ》を献上におよび、左膳のものとなるべきはずだったあらゆる賞美と栄誉は、すべてこれ和田栄三郎の有《ゆう》に帰《き》する……と、お艶はいま、あけても暮れても海へ行った栄三郎の帰府と、かれが持ちかえるであろう関の孫六の両剣とを、神仏に念じて、一日も早かれ! と祈っているのだった。
その、栄三郎の船の入江も近い。
きょうは十五日――。
麹町永田馬場の日吉山王、江城《こうじょう》の産土神《うぶすながみ》として氏子《うじこ》もっとも多く、六月十五日はその祭礼である。
江都第一の大祭。
別当|勧理院《かんりいん》、神主
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