人なきを待って、女と、その弟と称してかたわらに土下座する町人ていの男とのまえに、つかつかと進みよった。
「お藤! 櫛まきお藤であろう、汝は! 狂人をよそおって何を訴えに参った?」
忠相はしゃがんだ。
「お奉行様、いかにもそのお藤でございます。スッパリと泥をはいて、いっさいを申し上げますから、どうぞそのかわりに……」
「目をつぶって、江戸をおとせ――と申すか」
ジロリと、忠相の目が、そばの男へ走った。
「与吉であろう? つづみの」雨が、しげくなった。
雨と風と稲妻と……。
九刻《ここのつ》ごろから恐ろしいあらしの夜となった。樹々のうなり、車軸を流す地水。天を割り地を裂かんばかりに、一瞬間に閃めいては消える青白光の曲折。
この時!
本所化物屋敷の離庵《はなれ》では。
相馬藩|援剣《えんけん》の残党、月輪軍之助、各務房之丞、山東平七郎、轟玄八の四名とともに枕を並べて眠っている剣妖丹下左膳が――夢をみていた。
五|臓《ぞう》の疲れ――であろうか。
左膳の夢は。
静夜、野に立って空をあおいでいる左膳であった。
明るい紫紺の展《ひろ》がりが、円く蓋《ふた》をなしてかれのうえにある。
大きな月。
星が、そのまわりをまわっていた。
と、左膳が見ているまに、星の一つがつうッと流れたかと思うとたちまち縦横にみだれ散った。
そして――。
おのれの立っているところを野と思ったのは誤りで、かれは、茫洋《ぼうよう》たる水の上に、さながら柱のごとく、足のうらを水につけて起立しているのだった。
海だろうか?
それとも、池かも知れない……。
左膳がこう考えたとき、頭上の月が、クッキリと水面にうつって、死のような冷たい光を放っているのを彼は見た。
同時に、目がさめたのである。
グッショリと寝汗をかいた左膳は、重いあたまを枕の上にめぐらして部屋じゅうを眺めた。
やぶれ行燈が、軍之助の一|張羅《ちょうら》であろう、黒木綿の紋付を羽織って、赤茶けた薄あかりが、室内の半分から下を陰惨に浮き出さしている。
そこに、月輪の四人が、思い思いの形に寝こんで、かすかな鼾声《かんせい》を聞かせているのは平七郎らしかった。
耳に食い入るような夜更けのひびき……音のない深夜の音、地の呼吸《いき》づかいである。
左膳は、一つしかない手で身を起こすと、そのまま腹這いになって考え
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