とへ押しかけ女房にでも参ったのか」
「これはお言葉、はははは……いえ、そのようなことなれば、わたくしにもまた覚悟がございますが、ただ君に拝顔を願っておりますしだいで――」
「なに、わしに会いたい?」
忠相は、ふしぎそうに目をしばたたいた。
「さようでござりまする」と一膝乗り出した大作、
「御前様に気のふれた女のちかづきがあろうとは、大作きょういままで夢にも……」
「ハッハッハ! ただいまの返報か――うむ、それはいかにも忠相の負けじゃ。はははは、しかし、それなる女何の故をもってわしに面接を願い出ているのかナ?」
「さあ、それは――なにしろどうも狂女の申すことでまことにとりとめがございませぬが、たって拝顔を願ってお裏門にしがみつき、どうあやして帰そうといたしましてもますます哭《な》き叫ぶばかり、お耳に達して恐縮のいたりでございますが、一同先刻よりほとほと当惑いたしておりまする」
「して、どこの何者ともわからぬのか」
ききながら、忠相はもう立ちあがっている。
大作は、驚いて押しとどめた。
「御前! どちらへお越しでござります? よもや女のところへ……いえ、じつは、女が舞いこみましてまもなく、弟と申す若い町人が探し当てて参りまして、われわれともどもなだめてつれ戻ろうと骨を折っておりますが、女め、いっこうに動こうとはせず、暴れくるうておりまする」
とめる大作を軽く振り払って、着流しの突き袖、南町奉行の越前守忠相は、もはや気軽に庭づたいに女のとびこんで来たという裏門のほうへ足早に歩き出していた。
お中庭を抜けて背戸口。
植えこみのむこうに小者の長屋が見える。
もうすっかり夜になろうとして、灯が、あちこちの樹の間を洩れていた。
ぽつり……雨である。
さっきから、なんだか妙に生あたたかく曇っていると思ったら、とうとう降りだしたか。
――忠相が空をあおぐと、星一つない真ッ暗な一天から、また一粒の水が額部《ひたい》をうった。
声が聞こえる。
近い。
つと歩を早めて、忠相が裏門ぐちの広場へ出てみると……。
なるほど、これが大作のいった気のふれた女であろう。下町づくりのひとりの女が、見るも無残に取り乱して地に横臥し、何かしきりにわめいているのだ。
取り巻く中間折助のうしろからそっとのぞきみた忠相は、何を思ってか、続いてきた大作に命じて一同を立ち去らせ、あたりに
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