たしても、
「弥生どの、お待ちくだされ――!」
栄三郎の声が、あわただしく追ってくる。
その日のそぼそぼ暮れであった。
江戸の夕ぐれはむらさきに、悩ましい晩春の夜のおとずれを報じている。
陽の入りがおそくなった。
空高く西の雲に残光が朱《あけ》ににじんで鳶《とび》に追われる鳥のむれであろう、ごまを撒《ま》いたように点々として飛びかわしていた。
そして。
地には、水いろの宵風がほのかに立ちそめようとするころ。
本所法恩寺まえの化物屋敷、鈴川源十郎の離庵《はなれ》に、ひとりは座敷にすわり、他は縁に腰かけて、ふたりの人影が何かしきりに話しあっている。
やぐら下のまつ川を泰軒の手から逃げ出して来た源十郎と――。
青山長者ヶ丸子恋の森で、栄三郎の斬先《きっさき》と豆太郎の飛来剣をあやうくかわしてきた丹下左膳と。
左膳は源十郎の口から弥生の居場所を聞き、源十郎は、また左膳によって、お艶がいることとのみ思いこんでまつ川へのりこんだのだから、たがいに言い分はあるはず。
「おい源十!」
左膳はもう喧嘩ごしだ。
「てめえッてやつはなんて友達がいのねえ野郎だ! 汝《うぬ》アおれに出放題をぬかしておびき出し、子恋の森であの人猿めに一本投げさせて命を奪る算段だったに相違ねえ。が、そうは問屋がおろさねえや。源的! こうしてピンピンしていらっしゃる左膳さまのめえに、手前、よくイケしゃあしゃあとそのあばたづらをさらせるな。たった今この乾雲の錆《さび》にしてくれるから、待ったはきかねえぞッ!」
縁にかけている源十郎は、鯉口《こいくち》を切った大刀を側近く引きつけてつめたく笑った。
「まあ考えても見ろ。貴様のいうことを真に受けて、テッキリお艶が隠れているものと信じ、おっとり刀で障子をあけたところが、かの、泰軒とか申す乞食がふんぞり返っておるではないか。仕方がないで、一刀をぬいて暴れぬいて逃げて参ったのだが、源十郎この年歳《とし》になるまで、きょうほど業《ごう》さらしな目にあったことはない。恨みは、こっちからこそいうべき筋だ。左膳、いったい貴様は、お艶が夢八とか名乗って、やぐら下のまつ川から羽織に出ておるということを誰に聞いたのだ!」
「ウウム!」
左膳は、うなり出してしまった。
「てめえのほうにもそんな手違いがあったとしてみると、おれも手前に、そう強くは当たられねえわけだが
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