いつしか飛びのいて立ち木に寄った左膳が、こう白い歯を見せて洒々然《しゃしゃぜん》と笑ったとき!
 ヒュウッ!
 どこからとも知れず、宙にうなって飛来したのは、いわずもがな、人猿|山椒《さんしょう》の豆太郎投ずるところの本朝の覇《は》、手裏剣の小柄!
「こりゃアいけねえ……南無三《なむさん》」
 左膳のうめきが、海底のような子恋の森の空気をゆるがせて響き渡った。

 飛びきたった豆太郎の短剣は、危うく左膳の首をよけて、ブスッと音してその寄りかかっている木の幹につき立っただけだったが、場合が場合、左膳の驚きは大きかったのであろう。彼はとっさに一、二|間《けん》とびのくと同時に、ピタリ乾雲を正面に構えながら、一方栄三郎を牽制《けんせい》しつつ、大声に呼ばわった。
「出てこいッ、卑怯者めッ! 声はすれども姿は見えず……チッ! ほととぎすじゃあるめえし、出て来て挨拶をするがいいや」
 が、この左膳の大喝に答えたのは、森をぬけてかえって来る山彦ばかり、あたりは依然として静寂をきわめている。
 どこを見ても手裏剣のぬしの姿はないのだ。それも道理。
 丹下左膳がこの青山の弥生の住所を知ってかけ出したと見るや、弥生は一筆走らせて豆太郎を使いに瓦町へしらせると同時に、自らも道を急いで青山へ引っかえし、森の一隅で瓦町へ寄って来る豆太郎を待ち二人で左膳を待ち伏せるつもりだった……にもかかわらず、左膳のほうが先に来たばかりに、こうして栄三郎と斬りむすんでいる最中へ、おくればせながら弥生と豆太郎が現場近くかけつけたわけで、今もそこら近くの草のあいだに、この両人が身をひそめているに相違なかった。
 と気がつくや!
 左膳は栄三郎を飛来剣から庇護《ひご》するがごとく見せかけ、同瞬、左腕の乾雲をひらめかし、続いて飛びきたるであろう二の剣三の剣に備えながら、ニヤリ! 苦笑とともにそっとあとずさりをはじめたかと思うと、予期した剣がつづいて来ないのに刹那《せつな》安心した左膳。
「諏訪氏《すわうじ》、またくだらねえじゃまがはいったようだ。近いうちに再会いたし、その節こそは左膳、りっぱにお腰の一刀を申し受けるつもりだから、今からしかと約束いたしておこう」
 いうや否、左膳はゆっくりと身をめぐらして、突如森の奥へ駈け出しそうにするから、闘気に燃えたっている栄三郎は、あわてて身を挺して追いかけようとしたとき、眼
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