び出して行ったきり、ふたたび、稲荷の地室に待つお藤のもとへは帰らなかった――でひとり残されて待ちぼうけを食ったお藤、それからはそのやしろの縁の下に巣をかまえて、兇状もちの身は、お上《かみ》の眼が光っているから、当分は外出もできず、くらいなかに寝たり起きたり、左膳を慕い世をのろって、ひそかに沈伏していたのだった。
この篠塚稲荷《しのづかいなり》……むかし新田の家臣篠塚伊賀守、当社を信仰し、晩年|法体《ほったい》してこの辺に住まっていたもので、別当国蔵院はその苗裔《びょうえい》であるといわれる。
早くからこの古社に眼をつけたのがくしまき。彼女は、数年前、江戸おかまいになる先から、そっと祠内の根太《ねだ》をはがし根気よく地下を掘りさげて、床したの土中に、ちょっとした室《むろ》を作っておいたのである。
なんのため?
いうまでもなく、万一のさいのかくれ場所だ。
事実、これがあるがためにお藤が十手の危口をのがれ得たこと何度だか知れない。彼女はつねに、捕り手が迫るがごとにどうにかしてこの稲荷のまえまでおびきよせ、そこで床下の部屋へドロンをきめこんで朱総《しゅぶさ》を晦《ま》き、ほとぼりのさめるまでそこで暮らすことにしていたのだ。だから、寝具から炊事《すいじ》の品々、当座の食糧などすべて日ごろから補給しておいて、いつなんどき逃げこんでもしばらくは困らないだけの用意を調えていた。
現《げん》に、いつぞやの夜も、お藤はここで御用十手の円陣から消え失せて、のちには左膳をも助け出して、同じくこの穴ぐらへつれこんだのだったが、左膳が去ったあと――。
暗中にひとりいてお藤のかんがえたことは。
さすがに来《こ》し方ゆく末のことども。
なかでも、むこうでは嫌っていても、左膳が思っているので、じぶんにとってはやはり恋路の邪魔である弥生のこと……それがお藤のこころを悩まして去らなかった。そういえば、いつか雨の晩に、番町から瓦町へつれ出してから、あの娘はいったいどうしているのだろう?
何ごとも、思いついてはいてもたってもいられないお藤である。
翌日から穴を出て、爾来《じらい》、彼女一流の探りの手腕をもって江戸中を櫛の歯のごとく当たって歩いていると!
目黒の行人坂。
寛永のころ、湯殿山の行者が大日如来《だいにちにょらい》の堂を建立した大円寺の縁日で、ふとおもかげの似た若侍とゆきず
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