―のだが!
ここに。
かの関の孫六の水火両様の奥伝というのは。
ひとつは火で、これは積みわかしにおける大沸かし小わかしのこつ。
他は水で、それは刃わたしの際のいささかの水工夫であった。
まことに。
水と火をもって鍛えにきたえる刀作の術にあっては、その水と火に一家独特の精髄《せいずい》を遺した孫六専案の秘法は、じつにいくばくの金宝を積んでも得難いものに相違なかったろう。
水火の密施《みっし》。
ほかでもない。
個々の鉄体を積み、一種の泥水をかけて焼く時のちょっとした心得――小沸かしの伝と。
そのつぎに、鉄のまわりに藁灰をつけて熱火に投ずるまぎわのふいごの使い……大沸かしの仕方。
これが孫六の体得した火の法で。
水の法は。
すでに一本の形をそなえた荒刀《こうとう》を、刃渡しとして水中に沈めるときの、ほんのちょっとした水温と角度――にはすぎないけれど。
この関の孫六水火の自案《じあん》。
口でいい、耳で聞いたくらいでアアそうかとたやすく会得《えとく》のいくものならば、なんの世話もいらないわけだが、どうしてどうして孫六じしんが一生涯を苦しみ抜いた末、やっと死の床に臥す直前に、ふとしたはずみに心づいて、この刀道の悟りをひらいたという、いわば天来の妙法なのだから、技《わざ》ここに至らんと希《ねが》う者は、身みずから孫六のあえいだ嶮岨《けんそ》を再び踏み越すよりほかに、その秘術をさとり知るよすがはない――こう、美濃の国は関のあたりに散らばる兼の字をいただく工人一家のあいだに、長年いいつたえられて来ているのだった。
しからば。
関七流の長《おさ》、孫六の把握し得た水火|鍛錬《たんれん》の奥義、かれの死とともにむざむざ墓穴に埋もれはてたというのであろうか?
否!
大いに、否!
世に名工|俊手《しゅんしゅ》と呼ばるる者、多く自己にのみ忠《ちゅう》にして頑《かたく》ななりといえども、また、関の孫六、いささかその御他聞に洩れなかったとはいえ、かれとても一派を樹立した逸才、よし自家相伝の意《こころ》はないまでも、日本刀剣づくりの大道から観て、どうして己が苦心になる方策をおのれのみのものとして死の暗界に抱き去るような愚昧《ぐまい》を犯そう!
必ずや、いずくにか、いかなる方法でか、この孫六の水火の秘技、今に伝わっているに相違ない……とは誰しもおもうところ
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