ホホ! それはそうでございます」若侍の伊織が、娘の弥生として笑う。
そこに、妙に奇異な艶《なま》めかしさが動くのだった。
「して、そのおはなしと申しますのは?――なんでございましょう?」
すると、老人はしばらく沈思していたが、
「伊織どの! いや、弥生殿……のう、伊織が弥生であることに、まだ誰も気づいた者はありませぬかな」
ギョッ! としたらしく弥生はにわかに肩をかくばらせて男のていに返りながら、
「はじめから御存じの先生とお弟子衆のほかは、たれ一人として知るものはないはずにござりまする」
「うむ。かの、豆太郎とか申した人猿めは?」
「は。きゃつとて何条疑いましょう! いうまでもなく、わたしを男と思いこんでいるふうにござりまするが、今宵に限って、先生には何しにさようなことをおたずねなされますか」
老士の膝が、一、二寸前方へ刻み出た。
「いささか気になるによって聞いたまでで、大事ない。だが弥生どの、ぬかりはござるまいが、けどられぬよう十分にナ……」
弥生がうなずいた拍子に、それを合図に待っていたかのごとく、うらの竹やぶに咽喉自慢の豆太郎の唄声。
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坂は照る照る。
鈴鹿《すずか》は曇る。
あいの土山《つちやま》、雨が降《ふ》る。
上り下りのおつづら馬や
さても見事な手綱《たづな》染めかえナア
馬子衆のくせか高声に
鈴をたよりにおむろ節《ぶし》
坂は照る照る
すずかは曇る
間の土山、雨が降ウる
はいッ!
シャン、シャン、か――。
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暮れ迫る森かげの家を、手裏剣をとぎながら、ひとりうかれ調子の豆太郎の声が、ころがるように筒ぬけてゆく。
唄にあわせて砥石《といし》にかけているものらしく、拍子をとって、声に力がはいっている。
ひなびたこころあいを、渋い江戸まえの咽喉で聞かせる、亀背の一寸法師には似あわない、嬉しいうた声であった。
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あいの土山、雨がふる
やらずの雨だよ
泊まって行きなよ
主《ぬし》を松かさ
さわれば落ちるよ
ハイ、ハイ……とネ
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途切れ途切れに伝わってくる豆太郎の唄ごえがパッタリとやむと暗く濃い春宵のしじまのなかで、老士と弥生は、ほのかに顔を見合ってほほえんだ。
思い出したように老人がいう。
「お呼び立ていたしたはほかでもない」
「は」
と呼吸を呑
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