、第4水準2−3−85]唖《いあ》と鳴きわたる烏群の声、地に長い痩竹《そうちく》の影、裏に水を汲むはねつるべの音、かまどの煙、膳立てのけはい――浮世の普通《なみ》に、もの悲しくあわただしいなかに、きょうもはや宵を迎えようとする風情が噪然《そうぜん》として漂っていた。
 たそがれ。
 あかね色。
 ……輝き初《そ》める明星。
 その時、夕まけて寒風の立つ背戸ぐちの竹やぶに、ふたつの影がしゃがんでいた。
 弥生と、そうして豆太郎である。何かの話のつづきらしく、豆太郎は顔をあげずにいいはじめた。見ると、彼は小刀をといでいるのだ。
 例の殺人手裏剣用の短剣を、何梃《なんちょう》となく地べたに並べて、かたわらの手桶の水をヒョイヒョイとかけながら、豆太郎は器用な手つきでせっせと小柄をとぎすましている。
 青黒く空の色を沈めて横たわる小さな刃……それが血を夢みて心から微笑んでいるようだ。
「なあに伊織さん、あの二人だって、あれだけおどかしときゃアたくさんでさあ。へっへっへ、みんな肝をつぶして突っぷしゃがったっけ」
 いいながら豆太郎、手の小剣を鼻さきにかざして、しかめッ面《つら》で刃をにらんだが、まだ気に入らないとみえて、
「チッ! こいつめ!」
 またゴシゴシ磨石《といし》にかけ出したが、あの二人と聞いて、弥生が急にもの思いにあらぬ方を見やったとたん、
「伊織どの! 伊織殿! 伊織殿はおられぬかな?」
 奥から、老翁の声が流れてきた。
「そうさ。乾雲一味の者は大分たおしたようだから、まずあれで上出来であった……あの紅絵売りの若侍と乞食とはああして威嚇《いかく》するだけでよいのだ、怪我があってはならぬ」
 起きあがりながら、こうそそくさと弥生がいうと、豆太郎はちょっと不審げな顔を傾けて、
「へえい! そういうことになりますかね。なんだか俺チにゃあわからねえ」
 で、弥生がまた、なにか口にしようとしているところへ、さっきから呼びつづけていた老人の声が、こんどはひときわ甲高《かんだか》に聞こえてきた。
「伊織どの! そこらに伊織殿はおらぬかな?」
 手裏剣を磨く手も休めもせずに豆太郎が注意した。
「伊織さん、呼んでるぜ、大将が」
 弥生はうなずいて家内《なか》へはいった。
 奥の書院へ通る。
 何一つ家具らしいもののない八畳の部屋、水のような暮色がしずかに隅々からはいよるその中央に褪
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