きましたよ」
「道理で、影が見えないと思いました。おふたりともいつもお達者で結構でございますねえ」
「いんや、あんまり結構でもねえのさ」
 と、ほろにがい調子で富五郎が答えている時に、ちょうど露地づたいに近所の風呂から帰って来た富五郎女房のおしん、何ごころなく裏口からあがろうとすると、誰やら客らしい声がいやにしんみりと流れてくるから、おや! どなただろう? と障子の破れからのぞいてみたところが、かねがね亭主の富五郎がひそかに懸想《けそう》していることを自分も感づいているお艶の母のおさよなので、ハテ、珍しくなんの用だろう――? そのまま水ぐちにしゃがんで耳をすましている……とは知らない鍛冶富。
「女房と畳はたびたびかえるがいいそうでネ。ハハハハ、いや、こいつあ冗談だが、さて今の話で、お艶さんがこの日ごろどこに何して暮らしているかは、おさよさん、実はわっしも知らねえんだよ」
 おさよは、いつしか眼のふちを赤くしていた。
「ですけれど親方、ついさっき、何もかも御存じのような口ぶりを洩らしたじゃありませんか。後生ですから――」
「はっはっは! そりゃア事の次第によっちゃアまんざら吐きださねえこともねえかも知らねえが、と、当分、おれは何ものんでやしねえものと思っていてもらいてえ。が、ものは相談だから、お前さんがわしの念をとどけさせるというのならおれもここで一肌ぬいで、ちと大時代だが、御親子対面の場を取りはからわねえとも限らない……」
「親分、なんでございますね、そのお前さんの念《ねん》というのは」
「ウフフフ、なんだネそんなまじめな顔をして! お前さんにそう真っ向から問いただされちゃア、おれも困るじゃないか」
「――――」
「まあよい。こっちのことは第二にして、お前さんも、そうやってわざわざ出て来なすったからにゃア、何か大切な用があってのことだろう? そいつを一つ、即《そく》に聞こうじゃねえか」
 いわれた時におさよは、その鍛冶富も疾《と》うからお艶に心をよせて、今はまたお艶が夢八と名乗って深川のまつ川から羽織に出ている事実をつきとめている唯一の人間……ということなどは思いもおよばないで、きかれるままに渡りに船とばかりきょう尋ねて来た用むきをポツリ、ポツリと話し出したのだった。
 どうも栄三郎がああいう柔和な人間でまことに結構だが、いってみれば働きがなく、末の見こみというもの
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