「うむ!」
 平七郎、パッと払ってニッコリした。
「なかなかやるナ……来いッ!」
 息もしずかに、栄三郎はもう平青眼に返っている。
 月の端を雲がかすめた。

 夜明けが薄らいだ。
 月の端に雲がかかったのだ。
 ふかがわ富ヶ岡八幡の社地内に乾雲に乗ずる一団をむこうにまわして、武蔵太郎に殺剣乱跳《さつけんらんちょう》を舞わせる諏訪栄三郎、ツゥ……ツと刀をさげて下段のかまえ、取り巻く自余の者へは眼もくれずに前面の豪敵山東平七郎をめざして血のにじむ気あいを振りしぼった。
「エイッ」
 平七郎、ピタリ一刀、中青眼にかすかに微笑をふくんで応ずる。
「やッ!」
 と、この時。
 わざと誘いに乗ったとみせた栄三郎、俄然! 太郎安国を躍らせて平七郎の右脇へ!――と思うまもなく、たちまち銀閃《ぎんせん》ななめに走って、栄三郎、相手の腋《わき》の下を上へはねあげようと試みた。
 が!
 山東平七郎は、北州の雄剣月輪軍之助の門下にあって、師範代各務房之丞の次席、各務、山東、轟をもって月輪の三羽烏と呼ばれたその中堅だ。
 小野塚鉄斎の遺道に即して、栄三郎いかに神変夢想をよくすといえども、いまだ平七郎の生き血を刃に塗ることはできなかった……のであろう、平七郎、つと栄三郎の剣動を察して、一歩さがると同時に、パッ! 伸び来る刀鋩《とうぼう》を柄で叩くが早いか、側転! そのまま打ちおろして、手をかけた障子が自ら滑り出したように思わず空《くう》を泳いでいた栄三郎を、見事に真っ向から割りつけた――と思われた刹那、よろめきながら必死の機、栄三郎の刀尖、平七郎の剣をはじき流して、かろうじて危地を脱した栄三郎、強打を伝えて銀盤のごとくふるえ鳴る武蔵太郎を、こんどは車形にうち振りつつ、
「おウッ!」
 おめきざま、月輪の刃《やいば》ぶすまの真っただなかへ、身を斜《はす》かいに斬りこんでいった。
 乱戦――。
 空高く風が渡っているらしい。
 雲の流れが早いとみえて、月光を照ったりかげったり……そのたびに、樹間の広場に皎剣《こうけん》をひらめかす人のむれを、あるいは明るく小さく、またはただの一色のやみに押しつつんで、さながら舞台の幕が開閉するかのように見えた。
 豆を炒《い》るような剣人のうごき。
 飛びちがえては斬り結び、入りみだれたかと思うとサッと左右に別れ、草を踏みにじり木の葉を散らしてまさにここは神変
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