《ふ》
長閃《ちょうせん》! 月光に躍る白蛇のごとき一刃、突如として伸びきたると見るまに!
声もなく反りかえって路上に転倒したのは、ひとり先に立った月輪剣門の士法勝寺三郎だった。
三郎、相馬藩内外に聞こえた強力豪剣ではあったが、機を制せられてひとたまりもなく、まっくろな血潮の池が見る見る社庭の土に拡がって、二、三度、けもののようなうめきとともに砂礫《されき》をつかんだかと思うと、そのまま――月のみいたずらに蒼白く死の這い迫る顔を照らした。
間髪《かんはつ》!
いま、瓦町へ向かおうと、ついそこの料亭を出て来たばかりの乾雲丸丹下左膳を取りまく一同、まだ八幡の庭を半ばも過ぎないうちに、つぶてが飛来するようにいきなり横合いから斬りこんで来たこの太刀風に、命知らずの者がそろってはいるのだが、さすがに度胆《どぎも》を奪われてコレハッ! と歩をとめながらいい合わしたように腰を低めて先方の薄闇をのぞきこむと……。
肩から月に濡れて立っている諏訪栄三郎。
脇差坤竜をグルッと背中へまわし差して、手の、抜き放すと同時に法勝寺三郎の生き血を味わった愛剣武蔵太郎安国を、しきりにそばの、まだ映山紅《きりしま》を霜囲いにしてある藁へ擦りぬぐっている。
そして、こともなげな静かな低声が、殷々《いんいん》として左膳の耳へ流れた。
「――丹下殿、乾雲丸をお所持になったか? ははは、いや、坤竜はたしかにここに! サ、雲よく竜をまきあげるか、それとも竜が雲を呼びおろすか……まだ夜あけまでは時刻もござる。今宵こそはゆっくりと朝まで斬りむすぼう、朝まで――」
ひとりごとのようにこういいながら、栄三郎は、せっせと藁で血がたなをぬぐっている。
虚心の境……。
神変夢想流《しんぺんむそうりゅう》において、もっとも重くかつ、もっとも到りがたしとなっている忘人没我《ぼうじんぼつが》の域《いき》に、今宵の栄三郎は期せずして達しているのだった。
何が機縁となって、かれらの剣胆《けんたん》をここまで導きあげたか?
それは、いうまでもなく、お艶が泪《なみだ》をのんで打った、あの影芝居であった。
思いにわだかまりあれば、腕がにぶる。
栄三郎の場合がちょうどそれだった。
すべてを捨てお艶に走ったかれとしては、そのお艶に去られたのちも、口や表面はともかく、胸の奥ふかくお艶を慕うこころ切々たるものある
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