は、変わり果てたお艶に大きなおどろきを覚えたのだったが、一面かれは、お艶のこんにちあるは前もって知れきっていたような気がして、すぐにその驚愕から立ちなおることができたけれど、それとともにお艶に対する新しい憐憫が湧然《ゆうぜん》とこころをひたして、眼頭おのずから熱しきたるのを禁じ得なかった。
 しかし、憤りはより大きかった。
 ものもあろうに芸者なぞになりさがって、おのが恥のみならず拙者の顔にまで泥をぬりおる! と考えると栄三郎、お艶の真意を知らぬだけに、とっさの激情に青白く苦笑するよりほかなかった。
 で……。
「はしたないものを見ましたナ。はははは」
 ペッ! と唾《つば》してあるき出そうとしたが、お艶を解している泰軒は、なおも影芝居を宿している二階の障子を見上げたまま動かないので、つりこまれた栄三郎、見たくもない二階へヒョイと視線を戻すと!
 あろうことか!
 小座敷の男女の影が、これ見よがしに二つ映っている。
 お艶が男にしな垂れかかっているのだが、思わず栄三郎、カッ! と血があたまへのぼるのを感じて[#「感じて」は底本では「感じで」]空《から》つばをのみながら声がひしゃげていた。
「参りましょう、泰軒先生!」
 が、依然として泰軒はうごかない。
 栄三郎の眼がまたもや二階へ吸われると、こっちの弥生と豆太郎も、その障子の影がますます親しげになるのを見た。
 家内のお艶は。
 いま隣の部屋に、左膳の一味が坤竜|強奪《ごうだつ》の秘策を凝《こ》らしていることを知っているから、栄三郎がこのあたりに長居をしては危険である。さりとて、瓦町へ帰すのもいっそうあぶない、これは、一時も早くここを立ち去らせて、すぐに後を追って今夜の奇襲をしらせるにかぎる……それには、まず鍛冶富になびくと見せて安心させ、すきを求めて逃げ出すことにしよう――こう考えたお艶が、急に心にもなく折れて出て、
「ねえ三間町さん、ホホホホ、もうよしましょうよ、鬼ごっこみたいなこと」
 と、われから鍛冶屋富五郎のふところに身を投げて擦りよると、富五郎は、短い太腕にお艶を抱きすくめて、その影がぼうっと大きく障子にうつったのだ。
 同じ一枚の障子に映ずる黒かげ――ではあるが、戸外から見上げる栄三郎と、内部《うち》にあって自ら眺めるお艶と果たしてどっちがいっそう苦しくつらかったであろうか。

  髑髏《どくろ》の譜
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