、男同士の住居は梁山泊《りょうざんぱく》そのままに、寝床は敷きっ放し、手まわりの道具や塵埃は散らかり放題。それで、栄三郎がかつぎ売りに出ている昼のあいだは、泰軒居士は寝てばかりいて、床のなかから豆腐屋を呼んだり金山《きんざん》寺を値切ったり……いまではこの家、瓦町長屋の一名物となっているのだ。
 白皙《はくせき》紅顔の美青年栄三郎は、このごろはべに絵売りの扮装《いでたち》も板についてきて、毎日、はでなつくりに木箱を背負っては江戸の町々を徘徊《はいかい》し、乾雲の眼を避けながらその動静を探っている。
「アレ! きれいなべに絵さんだこと!」
 はすっぱな下町娘や色気たっぷりの後家《ごけ》などが、ゆきずりに投げてゆくこうした淫《みだ》らがましい言葉、それにさえ慣れて、はじめのような憤りや自嘲を感じなくなった栄三郎であった。
 が、しかし!
 家にある泰軒先生が一日じゅう蒲団をかぶって奇策練想に余念のないごとく、優《ゆう》にやさしいべに絵売り栄三郎の胸中にも最近闘気|勃然《ぼつぜん》としてようやくおさえがたきものが鬱積していた。
 背にした箱の脇差坤竜!
 それはやがて乾雲をひきつけるよすがである。
 ――こうして泰軒先生と栄三郎との奇妙な生活のうえに、こともなく日が重なって来たのだったが!
 それが今朝!
 日本橋銀町伊兵衛棟梁の家の前で、お艶はべに絵売りの栄三郎を見かけた……けれど、栄三郎は気がつかずに通り過ぎてしまった。
 風流べに絵売りの栄三郎と、芸者夢八のお艶と――そのたがいに変わった姿に泣いたのは、だからお艶だけだったのである。
 いま……真夜中近い亥《い》の刻。
 突如ムックリ起きあがった泰軒、何を思い出したか、
「栄三郎どの、だまってついて来なさい」
 とひとりサッサとはやもう戸口におり立っていた。
 すっかり浪人風に返った栄三郎、武蔵太郎安国《むさしたろうやすくに》と坤竜丸をぶっちがえて、泰軒とともに露地を立ち出でた時、中空に月は高く、そして地には、かれのあとから、またもや大小ふたつの影が動くともなくつけていた。
「ね、伊織さん、殺《ば》らしちゃいけねえんですね?」
 小の影――山椒の豆太郎、チョコチョコ走りに追いつきながら、こう声を忍ばせた。
 人通りのない、両国広小路である。
 月のみ白く、町は紺いろに眠っていた。
 その、小石さえ数えられる明るい往来
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