ゆいつ》の助太刀、同時に今は友であり師である蒲生泰軒先生であった。
お艶の去ったのち、栄三郎はお艶の思い出とともにひとりさびしく瓦町の家に暮らしていたが、かれはいよいよお艶のこころが遠くおのれを去ったことと思いこんで、その不実無情を嘆き悲しんだのも暫時《しばし》、昨今はすっかりあきらめおおせて、今やその精心の全部を雲竜二剣にのみ集中しているべきはずなのが、ともすればそれさえ棄てて、いっそくだけて町人にでもなろうか……などという考えを、よしぼんやりにしろ起こすところを見れば、栄三郎かえってお艶に執心《しゅうしん》の強いものがあるのではなかろうか。
もちろん、ここはそうなくてはならぬところ。世の栄誉順境のすべてを犠牲に、ともに誓い誓われたお艶ではないか。どこにどうしているかは知らぬものの、やはり栄三郎の胸ふかくお艶を思う念の消えぬのはむりもなかった。消えぬどころか、相見ぬ日の重なるにつれて、四六時じゅう栄三郎の心にあるのはお艶のおもかげ態度《ものごし》、口ぶり――、あア、あの時ああいって笑ったッけ、そうそう、またいつぞやあれが軽い熱でふせった折りは……。
と栄三郎、こうして戸外をあるいていても、お艶恋しやの情炎にかりたてられて、さながら画中のよそおいの美男風流べに絵売り、もの思いに深くうなだれて、暗い裏町の小路をトボトボとたどってゆく。
だが! この美男のべに絵売り!
一朝、つるぎを抜いては神変夢想の遣い手、しかも日中しょい歩く絵箱の中に関の孫六の稀作、夜泣きの刀の片割れ陣太刀づくりの坤竜丸を秘して、その艶な眼は、それとなく途上行人《とじょうこうじん》のあいだに、同じ陣太刀乾雲丸とその佩刀者を物色しているものとは、誰ひとりとして知る者はなかったろう。
離れれば夜泣きする二つの刀……それは取りもなおさず、別れていて夜泣きするお艶栄三郎の身の上であった。
定《さだ》まれる奇縁。
栄三郎は、そういう気がする。
黙想のうちにわが家の門口まで来たかれ、そのままはいりかけた足をとめて、ふと露地のむこうの闇黒をすかし見た。
何やら黒い影がふたつ、逃げるように急ぎ去っていくのだ。
ひとつはどうやら若侍のうしろ姿。だが、つれとみえる他のかげは?
小児か?……それとも野猿のたぐい?
栄三郎、思わずギョッ! として眼をこすった。
大小二つの人影!
ひとつは煙のご
前へ
次へ
全379ページ中287ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング